カテゴリ一覧を見る
Categories
銅製メダル [1589年-1600年?] [ローマ鋳造]
[Bonis, Niccolo de].
SIXTVS V PONT MAX AN V / AB REGIBVS IAPONIOR PRIMA AD ROMA PONT LEGATIO ET OBEDIENTIA 1585.
[Rome], [1585-1600?]. <AB2020280>
Donated
3.7 cm, Bronze medal.
Information
この銅製と思われるメダルは、教皇シクストクス5世の胸像を表面に、そして裏面に天正遣欧使節のローマ訪問を記念したラテン語の文言が刻印されている大変珍しいメダルです。使節のローマ訪問は当時大きな反響を呼び、さまざまな書物やパンフレットが多数刊行されたことが知られていますが、書物だけではなく、教皇を公式に記念したメダルまでもが製作されていたことは、当時のローマにおける使節評価のあり方を理解する上で非常に興味深いことであるように思われます。 1582(天正10)年に、イエズス会巡察使ヴァリニャーノとともに、ローマを目指して、キリシタン大名の大村純忠、大友宗麟、有馬晴信の名代として派遣された、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン4人の少年使節団は、現在「天正遣欧使節」と呼ばれ、日本から初めてローマ教皇に正式に派遣、謁見を許された使節として非常によく知られています。使節は、インドのゴアでヴァリニャーノと別れ、1585年3月に教皇グレゴリオ13世と謁見、その直後にグレゴリオ13世が崩御したため、後継として新たに教皇となったシクストゥス5世とも謁見を許されました。 天正遣欧使節のヨーロッパ歴訪は、当時のヨーロッパでも大きなセンセーションを巻き起こし、1585年前後に夥しい数の使節に関する書物、パンフレットが印刷されています。天正遣欧使節のヨーロッパ歴訪のハイライトは、言うまでもなく教皇との謁見にあり、当時の文献の多くがこの時の様子を詳細に記しています。そのうちのいくつかは、現代においても当時の使節を知るための非常に重要な資料として用いられており、国内の研究機関においても所蔵を見ることができます。こうした熱狂的な反響は、多数の書物刊行だけでなく、教皇と使節を称える記念メダルさえも作成を促しました。 このメダルの表面には左を向いた教皇シクストゥス5世の胸像が描かれています。新教皇は使節団を丁重にもてなし、自身戴冠式にも参加させ、スペロン・ドーロ勲章の授与やローマの永代名誉市民権を贈ったことでも知られています。教皇が纏う衣装には聖人の刺繍が豪華に施されており、教皇の威厳ある姿を表現しています。裏面には、使節を記念したラテン語の文言が記されており、「日本の国々から教皇の座すローマへの初の使節団と恭順[が示された]1585年」(AB REGIBVS IAPONIOR PRIMA AD ROMA PONT LEGATIO ET OBEDIENTIA 1585) とあるのが確認できます。当時のローマでは、こうした教皇を記念するメダルを鋳造するのは、特別な勅許を得た職人だけに許されており、このメダルはニッコロ・ボニス(Niccolo de Bonis, 生没年不詳)によって作成されたものです。ボニスは1580年から1592年にかけて教皇の記念メダルの制作に従事したことが知られており、本作品以外にもグレゴリウス13世、グレゴリウス14世、イノケンティウス9世、クレメント8世の記念メダルを製作しています。 本作品に見られる天正遣欧使節を記念したメダルは、シクストゥス5世の前任であるグレゴリウス13世と使節との謁見を記念したメダルが最初のもので、2017年に神戸市立博物館、東京富士美術館、青森県立美術館で開催された「遥かなるルネサンス 天正遣欧少年使節がたどったイタリア」展では、グレゴリオ13世と使節の謁見を記念したメダルが展示されました(展示目録24)。その解説文では次のように記されています。 「興味深いことに、裏面の献辞は、グレゴリウス13世の後をついで教皇に就任したシクストゥス5世のために、ニッコロ・デ・ボニス(1576−92まで活動)が鋳造した貴重な作例にも見られる。これは1589年から翌年に作られたもので、おそらく使節団の帰国を記念したものと考えられている。」 (『遥かなるルネサンス 天正遣欧少年使節がたどったイタリア』(図録)、東京富士見術館、2017年より。メダルに記されたラテン語訳も基本的には同書訳による) こうした教皇を記念したメダルは、17世紀から18世紀にかけて刊行された歴代教皇史や歴代教皇の記念メダルを解説した書物(例えば、Alfonso Chhacon. Vitae et res gestæ pontificum romanorum…Vol.4, Roma, 1630. など)にも掲載されていますが、この天正遣欧使節のローマ訪問を記念したメダルは概ねグレゴリウス13世を記念するメダルとして紹介されていて、シクストゥス5世の記念メダルとしてはあまり認知されていなかったように見受けられます。また、店主には詳しい事情は分かりかねるところがありますが、こうした同じ意匠で異なる素材のものが製作されたようで、本作品は銅製と思われますが、少なくとも同じ意匠で銀製のものも存在しています。同じ文言を持つグレゴリウス13世の記念メダルも同様で、こちらは金製と思しき作例もみられることから、あるいは本作品も金製のものが存在するのかもしれません。 なお、上記の展示企画で展示されたグレゴリウス13世の記念メダルは、ヴァチカン教皇庁図書館から借り受けたもので、上記の解説文で言及されているシクストゥス5世の記念メダルの展示はありませんでした。現在では、この記念メダルは極めて貴重となっており、国内所蔵機関は、ほとんどない(あるいは存在しない)ようです。