書籍目録

『日本とその人々についての最新の描写』

[ショベール ]

『日本とその人々についての最新の描写』

第2版 全2巻(合冊) 1830年 ライプツィヒ刊

[Shoberl, Frederic]

Neuestes Gemälde von Japan und den Japanern.(Miniaturgemälde aus der Länder= und Völkerkunde von den Sitten, Gebräuchen, der Lebensart und den Kostümen der verschiedenen Völkerschaften aller Welttheile...58-61)

Leipzig, Hartlebens, 1830. <AB2020270>

Sold

Second edition (Zweyte Ausgabe). 2 vols. bound in 1 vol.

Small 8vo (8.2 cm x 13.5 cm), Vol.1: Folded Front., Title.(for the series), Title., pp.[1], 2-144, Title.(for 2nd part of vol.1), pp.145-261, Plate: [7] / Vol.2: Front., Title.(for the series), Title., pp.[1], 2-96, Front.(for 2nd part of vol.2), Title.(for 2nd part of vol. 2), pp.97, Contemporary marble card boards.
見返しに旧蔵者の蔵書票あり。小口は三方とも赤く染められている。図版や本文余白にシミが見られるが、全体として良好な状態。

Information

数多くの図版とともに日本を解説したドイツ語圏における当時最新の日本論

 本書は文庫本サイズの小さな書物ながら、当時最新の日本研究文献を駆使して編纂された日本論です。数多くの図版が収録されており、ドイツ語圏の読者に最新の日本情報を視覚情報とともに全2巻構成で伝えています。本書は日本論として完結した内容となっていますが、世界の人々の文化や風習、歴史などを紹介する数十巻からなる大部の叢書に収録された書物で、叢書第58巻として1830年にライプツィヒで刊行されています。

 本書の編者と目されているショベール(Frederic Shoberl, 1775 - 1853)は、ロンドン出身の雑誌、書籍編集者で、当時最新の印刷技術であった石板印刷で高い技術を有していたアッカーマン(Rudolph Ackermann, 1764 - 1834)と協力して、美しいて彩色石版印刷を多用した書物を数多く刊行しました。雑誌編者として多くの文芸雑誌の編集をこなす一方、「ミニチュアの世界」(The World in miniature)という世界の人々を紹介する数十巻の叢書を刊行しています。本書は、一見するとこの「ミニチュアの世界」のドイツ語訳版のように思われますが、少なくとも日本を扱った巻については全く異なる書物となっていて、収録されている記事、多くの図版が異なっていることから、「ミニチュアの世界」ドイツ語訳版ではなく、ドイツ語で編纂された英語版とは異なる独自の書物と言えます。

 本書タイトルは非常に長大なもので、また本書がその一部を構成している叢書名も同じく長大なもので、下記のように記されています。

(本書タイトル)
Neuestes Gemälde von Japan und den Japanern. Nach den neuesten Reisen eines Krusenstern, Langsdorf und Golownin, mit steter Vergleichung der ältern Berichte von Kämpfer, Thunberg und andern. Nebst einem Ubriß der zweniährigen Gefangenschaft Golownins und seiner Gefährten in diesem Lande.

(叢書タイトル)
(Miniaturgemälde aus der Länder= und Völkerkunde von den Sitten, Gebräuchen, der Lebensart und den Kostümen der verschiedenen Völkerschaften aller Welttheile; mit Landschafts=und Stäteprospecten, Ansichten von Pallästen, und Abbildungen anderer merkwürdiger Denkmäler der älteren und neueren Baukunft überhaupt…Acht und fünfzigste(-61) Lieferung. Japan und die Japaner…)

 全2巻構成からなる本書は、タイトルでも言及されているように ロシア最初の世界周航の途上において、レザノフ(Nikolai Petrovich rezanov, 1764 - 1807)とともに1804年に来日したクルーゼンシュテルン(Adam Johann von Krusenstern, 1770 - 1846)、同使節の医師として来日したラングスドルフ(Georg Heinrich von Langsdorff, 1774-1852)の著作、1811(文化8)年に国後島で幕府によって捕縛され、2年余にわたる抑留生活の後に帰国し『日本幽囚記』を出版したゴロウニン(Vasilii Mikhailovich Golovnin, 1776 - 1831)といった、19世紀に入って日本を実際に訪れたロシア人の著作を大いに参照しています。彼らの日本についての報告は、それまでオランダ経由の日本情報しか得られなかった当時のヨーロッパにおいて、異なる視点から日本のことを論じた貴重な最新報告として非常によく読まれました。ショベールはこうしたヨーロッパで話題となっていた著作を独自に編纂して、それらのエッセンスを手際良く抽出して本書を執筆しています。その一方でショベールは、ケンペル(Kaempfer, Engelbert, 1651 - 1716)の『日本誌(The History of Japan, 1727)』と、ツンベルク(Carl Peter Thunberg, 1743 - 1828)の『旅行記(Resa uti Europa, Africa, Asia, förrättad åren 1770-1779)』といったオランダ東インド会社関係者らによる日本関係書物も、古典的な価値を有する文献として活用しています。

 第1巻は、クルーゼンシュテルン、レザノフ、ラングスドルフらの記述を中心にして日本の地理、行政区分、紀行などを解説し、一行が停泊した長崎の街の様子を詳しく紹介し、続いて、ツンベルクの江戸参府や、長崎出島でのオランダ人の様子などの記述に基づいて、将軍と出島商館関係者との謁見の場面や、江戸城、江戸の街並みの様子を解説しています。また、日本の歴史についても、内裏(Dairi)と将軍(あるいは公方、Ziogoen or Kubo)の複雑な関係を軸にして解説しています。多くの藩(国)で構成されている地方行政区分やその統治機構も論じられています。また、日本の女性が、男性によって苦痛に満ちた立場に置かれていることに深い憂慮を示し、日本の宗教については神道、仏教など数種類の宗教が日本に存在することや、その教義、教団、寺院についても触れています。第1巻の最後は日本におけるキリスト教のかつての広がりと、過酷な弾圧によって現在では根絶されていることを紹介する記事で締め括られています。

 第2巻は、日本の人々の気質や特徴、服装、風俗などに焦点を当てた内容で、教育水準の高さや名誉を重んじる性格、ヨーロッパとは大きく異なる独特の衣装、文化、伝統、風俗などを紹介しています。学問や芸術、商業、産業振興が、いずれも非常に盛んであること、強大な軍事力を有することなども解説されています。司法制度についても過酷な刑法制度を中心に論じられています。また、この第2巻は、先に言及したゴロウニンの『日本幽囚記』に基づいて、彼が日本で滞在したことがコンパクトにまとめられています。

 本書は口絵や、本文中の随所において日本の人々や文化を紹介した図版が収録されていることも大きな特徴です。これらの図版は、これまで言及したような書物に収録されていた図版から採用されたものもあれば、17世紀の著作家モンタヌスの著作に由来するような図版、またティツィング(Isaac Titsingh, 1745 – 1812)が日本から持ち帰った日本の書物に描かれた挿絵から撮ったと思われるような図版など、複数のリソースから採用されたものと思われます。本書に見られる図版とよく似た図版は、先に述べたショベールによる英語の叢書である「ミニチュアの世界」の日本を対象とした巻や、ティツィングの没後に刊行された彼の遺稿を断片的にまとめた書物、ブルトン(Jean-Baptiste Joseph Breton de la Martinière, 1777 - 1852)による日本論『日本(Le Japon. 1818)』など、同時代の日本関係書物にも共通して見られるものです。ショベールはティツィングの書物の英語版刊行も手がけており、ティツングの将来した日本コレクションにもある程度アクセスできる立場にあったと思われることから、これらの書物に見られる類似の図版は、日本の視覚情報が言語を越えてショベールのような出版関係者によって、当時のヨーロッパにおいて広く伝えられたことを示しているのではないかと思われます。

 なお、本書は1821年に初版が刊行されているようで、本書は第2版として刊行されています

刊行当時のドイツ語圏出版物によく見られる厚紙装丁。
見返しには旧蔵者の蔵書票あり。
冒頭の折込口絵と、第1巻の叢書全体のタイトルページ。
本書第1巻第1部のタイトルページ。
本文冒頭箇所。
さまざまな情報源から採られた図版を収録している。
第1巻第2部タイトルページ。
第1巻第2部の口絵。
(参考)ショベールが英語で刊行した叢書『ミニチュアの世界』の日本を扱う巻の口絵。上掲本書収録図とほぼ同じ図だが、細部が異なるため原版は別と思われる。
(参考)これらの初出は1669年に刊行されたモンタヌス『東インド会社遣日使節紀行』に収録された上掲図と思われる。豊富な挿絵が特徴的なモンタヌス同書に収録された多くの図版は19世紀半ばまでさまざまな書物に転載され続け、欧米での開国前の日本の視覚情報として長く影響力を保った。
第2巻口絵
第2巻の叢書全体のタイトルページ。
第2巻第1部のタイトルページ。
第2巻第2部のタイトルページ。
巻末には2巻全体の目次が掲載されている。
目次続き。
小口は三方とも赤く染められている。図版や本文余白にシミが見られるが、全体として良好な状態。