書籍目録

「旅行者のための最新日本地図」

喜賓会 (東京商業会議所)

「旅行者のための最新日本地図」

第7版 1908(明治41) 東京刊

The Welcome Society (HEAD OFFICE: THE CHAMBER OF COMMERCE)

THE LATEST MAP OF JAPAN FOR TRAVELLERS

東京市, 東京印刷株式会社深川分社, 明治丗年十一月一日初版発行 明治四十一年四月廿八日七版増訂印刷 明治四十一年五月一日発行. <AB201788>

Sold

Seventh Edition, Revised.

59.2 cm x 88.0 cm (Folded: 10.5 cm x 19.8 cm), 1 sheet, Original folding map

Information

喜賓会による訪日外国人向けガイドマップ 改定第7版

この地図を発行していた喜賓会(Welcome Society of Japan)とは、1893(明治26)年に、東京商業会議所の初代会頭であった渋沢栄一、三井物産の設立と三井財閥の近代化に大きく貢献した益田孝、貴族院議長であった蜂須賀茂韶らによって設立された非営利組織で、主に来日外国人に対する様々な便宜を図ることをその主たる目的としていました。明治日本における最初の来日観光客を対象とした組織であり、今で言うところの「インバウンド」について初めて対応した日本における、観光組織の原点とも言える存在です。現代の日本交通公社の前身であるジャパン・ツーリスト・ビューロー(1912年設立)が設立されるまで、増加する来日外国人観光客の対応を手探りながら一手に担っていました。

 この地図は、喜賓会がその主たる目的の一つとして作成、刊行していたガイドマップの第7版にあたるもので、1908(明治41)年に刊行されています。基本的には、1906年に刊行された第6版を踏襲しつつも、細かな点で改訂がなされており、喜賓会が常に最新の情報を盛り込んだガイドマップを作成することを意識していたことを伺わせます。大きな変化としては、日露戦争後のポーツマス条約を受けて、日本の領土となった樺太の部分図が加わっていることで、これは第6版作成時には間に合わなかったものを、新たに改定したものと思われます。また、裏面の広告では、1912年の開催を目指しながらも、最終的に実現し得なかった元祖「幻の万博」とも言える「日本大博覧会」の広告があることも大変興味深い点です。来日外国人観光政策と万博といった大規模国際イベントとが、すでに結びついて考えられていたことを示唆しており、のちの1940年(皇紀2600年記念)の開催を目指しながらも頓挫した万博とオリンピックの準備にあたって作成された海外向け資料、ガイドブックの萌芽をここに見ることができるかもしれません。

第7版のデザインは、基本的に第6版のものをそのまま踏襲しているようである。
紹介文も基本的に第6版のままと思われる。
地図も一見ほとんど同じように見えるが、細かな点でアップデートがなされている。
日露戦争後のポーツマス条約を受けて、樺太部分図が追加されている。第6版の作成には間に合わなかったものを改めたようである。
凡例も基本的に第6班を踏襲している。
人口が第6版の数字と全く同じというのは不自然だが、その一方で鉄道敷設距離については細かに改定してある。
大阪市街図
京都市街図
東京市街図
裏面が全面広告となっているのも、それまでのものと代わりないが、掲載企業は第6版と比べて細かに変更されている。
ジョン・マレー社の広告には自社のガイドブックとチェンバレンの『日本事物誌』の案内が見える。
1912年の開催を目指すも実現できなかった元祖幻の「日本大博覧会」の広告があるのも興味深い点。