書籍目録

『日本と中国:その歴史と芸術、文学』 第2巻〜第7巻(全12巻中)

ブリンクリー / 小原古邨ほか

『日本と中国:その歴史と芸術、文学』 第2巻〜第7巻(全12巻中)

イギリス限定35部デラックス版のうち第18番 1903年 ロンドン刊

Brinkley, Captain F.

JAPAN. Its History Arts and Literature. ILLUSTRATED.

London, T. C. & E. C. Jack, 1904. <AB2020249>

Donated

Edition de Luxe (Limited to 35 numbered copies for the United Kingdom, of which this is Number 18)

6 vols. (of 12 vols.). 15.5 cm x 23.2 cm, 各巻の書誌情報は下記解説参照。, Original publishers white cloth.

Information

小原古邨をはじめとした別刷木版画を収録した豪華限定版

 本書は、幕末に来日してから一多方面に渡って活躍したイギリス人ブリンクリー(Francis Brinkley, 1841 - 1912)が編集した日本と中国の歴史、文化、政治、芸術について包括的に論じられた作品で、全12巻で構成されています。第1巻から第8巻までが日本に、第9巻から第12巻までが中国に当てられており、本書はそのうちの第2巻から第7巻までの6巻です。ブリンクリーによるこの著作は、1897年に刊行された大部の全10巻からなる著作『日本:日本の人々によって記され、写された』(Japan: Described and illustrated by the Japanese. 10 vols. Boston, J.B.Millet, 1897)に続くもので、同書をさらに発展させて、中国も含めた総合的な東洋論を展開しようとしたものです。同書は、「江戸版」など、数多くの特別限定版が出版されたことで知られていますが、それに続くこの書物もまた多くの特別限定版が出版されていて、本書はそのうちの、イギリス限定でわずか35部のみが作成されたデラックス版です。この版は、各巻の冒頭口絵に彩色絹絵を設けているだけでなく、本文とは別刷で制作された、北斎の木版画の復刻版、そして現代の木版画作家による木版画作品を収録するという、大変手間とコストのかかった仕様となっています。また、用いられている用紙も手隙の厚手の用紙で、見返しにも特別な用紙を用いるなど、ごく少部数のみが制作された限定盤に相応しい、ブリンクリーの情熱が感じられる作品となっています。

 ブリンクリーは1867年にイギリス海軍の軍人として来日し、西洋近代海軍砲術の御雇外国人教師として活躍する傍ら、日本語習得にも精力的に励み、英和辞書や英語文法書なども執筆しました。1881年には、横浜で刊行されていた英字新聞『メイル(Japan Mail)』を買収し、経営者になるとともに、自らが主筆に就任して、時事問題を扱う記事だけでなく、文化、歴史、芸術に関する文芸記事を数多く執筆し、日本の文化的魅力を英語圏の読者に向けて発信する活動を積極的に行っています。明治政府からの信任も厚く、講読料の名目で資金援助を受けていたことが知られていますが、親日的態度を基軸としながらも、客観的立場からの誌面構成を心がけ、読者からの支持も高かったと言われています(ジャーナリストとしてのブリンクリーの活動については、秋山勇造『明治のジャーナリズム精神:幕末・明治の新聞事情』五月書房、2002年を参照)。また、日本をはじめとした東アジアの芸術にも強い関心があったようで、東洋の美術、芸術作品の古クレクションを自ら構築するだけでなく、同時代の作家や学者らとの交流も深かったようです。

 本書は、こうした長期間にわたる濃密な滞日経験と、そこで培われた日本文化と歴史への深い見識を備えていたブリンクリーが、前作による経験を生かして、さらに発展的に日本論を展開したものといえます。まず、前作が長辺40センチに迫る巨大な書物だったのに対して、本書は長辺24センチ弱と通常の書物の大きさに改められている点が、前作の大きな違いとして目につきます。内容は、前作と同様、日本の歴史、政治、文化、芸術を包括的に論じるものですが、前作が「日本の権威ある人々」によって書かれたテキストをブリンクリーが編纂するという形を取っていたのに対して、本書はブリンクリー自らが書き上げていることから、前作から本書までの間にブリンクリーの日本理解が多方面にわたって広がり、深まったことを伺わせます。テキストの随所に写真や図版を配置するのも、前作とよく似ており、特に写真がテキスト内容とあまり関連なく配置されているように見受けられる点も同様です。また、掲載されている写真も、前作と同様に日下部金兵衛や小川一真、玉村康三郎といった当時を代表する日本の写真家による作品のようです。テキストの構成は、第1巻から第6巻までが、日本の政治、歴史、社会に関する考察で、第7巻と第8巻が日本の芸術論(第7巻が視覚芸術、第8巻が応用芸術)に当てられているようです。前作では一部の特別版に、岡倉天心による「日本の芸術論」が収録され、さらに、1901年頃には自ら『日本の芸術論』(The art of Japan. 2 vols. Boston, J.B.Millet)を刊行しており、本書第7巻と第8巻はこれを踏まえて、ブリンクリー自らが特に自身の関心の深かった日本の芸術論を改めて展開したものと考えられます。

 先に述べたように、この作品は前作と同様に膨大な数の特別版が製作されたようで、全ての版を列挙することはほとんど不可能に近いほどの多様な版が存在しています。いずれの版も多くは、100部から1,000部ほどの限定版として刊行されていますが、その中でもほんのごく一部の豪華版が、限定50部以下で製作されており、こうした豪華版は、他の限定版にはない木版画の挿入や、特別な容姿が用いられていたことがわかっています。本書は、まさにこうした豪華版にあたるもので、上述した木版画や彩色絹絵を各巻に収録している点が大きな特徴です。先に上げたブリンクリーによる『日本の芸術論』において、ブリンクリーは既に、木版画作品を一部の豪華版に挿入する試みを行なっており、本書はこれをさらに発展させたものと見ることができます。収録されている作品は、北斎による木版画の複製と、小原古邨ら現代作家による木版画、絹絵で、これらの作品の選択には、ブリンクリーの審美眼とそれをとりまく人的ネットワークが強く反映されているものと考えられます。残念ながら店主の力量では、多くの作品の個別の画家名を特定できていませんが、その収録内容からは、岡倉天心とも深い交流があったと思われるブリンクリーと、フェノロサや同時代の工芸作家、絵師との交流ネットワークを垣間見ることができるのではないかと思われます。ブリンクリーの書物は、そのほとんどが限定版をうたいつつも、数多くの版を用意することで、実質的には相当な数が出版されていることから、特に英語圏における日本文化や、芸術理解の浸透や需要、関心の高まりに少なからず影響を与えたのではないかと思われます。本書のように、本当にごく一部の豪華版にのみ収録された木版画作品や絹絵は、通常の限定版よりも手にすることができる人々は限られていたと思われますが、それでも美しい書物の体裁を採って、その中に実際の木版画作品そのものを挿入して読者に届けるという斬新なアイディアは、多くの人々の関心を呼んだのではないかと推察されます。

 ブリンクリーは、本書も含めそれまでの著作も、ボストンの出版社J.B.Milletから出版しています。Millet (Josiah bryam. 1853 - 1938)は、1891年から1915年にかけてボストンで出版社を経営していた人物で、画家のFrancis Davis Millet(1846? - 1912) の弟として知られ、自身も著作家、編集者として数冊本を出版している他、実に多彩な分野で活躍しています。自身で出版社を立ち上げる前の、1881年から1886年にかけては、ボストンの出版社Houghton, Miffin and Companyのアート部門を担当していおり、同社はのちにラフカディオ・ハーンの著作を多く刊行した出版社として知られ、ハーンの著作をはじめジャポニスムに強い影響を受けた美しい装丁を制作したSarah Wyman Whitmanが多くの作品を手掛けていて、当時の日本研究とも関係の深い出版社です。彼自身4度も来日しており、日本に対する、特に日本の芸術に対する関心は非常に強かったものと考えられます。こうしたJ.B.Milletの日本への関心の高さや、彼が有していた日本の関係者とのネットワーク、出版社がボストンにあったことを考えると、彼がフェノロサとも深い関係にあったことは容易に推察できるでしょう。その意味では、ブリンクリーはJ.B.MIlletと協力して、ボストンと日本美術を強く結びつけることに大きな貢献を成した人物としても、改めて評価されるべきとも言えるでしょう。

 また、J.B.Milletはボストンで出版活動を行うだけでなく、イギリスでも活動を展開していたようで、本書は、ロンドン(とエディンバラにも拠点を有する)の芸術関係の出版物刊行で名高かった、T. C. & E. C. Jackという出版社から、「イギリス限定35部豪華版」として出版されています。こうした欧州への展開にも鑑みますと、ブリンクリーとJ.B.Millet、そしてその背後にある岡倉やフェノロサをはじめとした同時代の日本の関係者とのネットワークを介した、様々な日本美術の欧米への紹介活動の様相を、本書を通じて再考察してみることは、大変興味深い研究テーマのように思われます。

 なお、本書各巻に収録されている絹絵と木版画、書誌情報は下記の通りです。表題、作家名はそれぞれに付された薄手の保護紙の記載内容に基づいています。

第2巻:口絵(絹絵)「箱根から望む富士山」(北斎)、木版画「温泉」(北斎)、木版画「白鳩」(店主には画家特定できず)

第3巻:口絵(彩色絹絵)「白鷺と菖蒲」(店主には画家特定できず)、木版画「仕事中の瓦拭き職人」(北斎)、「鴫」(店主には画家特定できず)

第4巻:口絵(彩色絹絵)「翡翠と蓮」(店主には画家特定できず)、木版画「海のそばの村」(北斎)、木版画「烏と桜枝」(石泉、店主には画家特定できず)

第5巻:口絵(彩色絹絵)「鯉」(店主には画家特定できず)、木版画「大工」(北斎)、木版画「サヨナキドリ」(小原古邨)

第6巻:口絵(彩色絹絵)「鴨々」(店主には画家特定できず)、木版画「風景(富士)」(北斎)、木版画「鴨々」(店主には画家特定できず)

第7巻:口絵(彩色絹絵)「箱根湖」(店主には画家特定できず)、木版画「橋と運河」(北斎)、木版画「燕」(小原古邨)


Vol.2: 1 leaf(blank), Half Title., Front., Title., 2 leaves, pp.1-286, 1 leaf(blank), (some colored) plates: [16], wood block colored plates: [2].

Vol.3: 1 leaf(blank), Half Title., Front., Title., 2 leaves, pp.1-256, (some colored) plates:[18], wood block colored plates:[2].

Vol.4: 2 leaves(blank), Half Title., Front., Title., 2 leaves, pp.1-267, 1 leaf(blank), (some colored) plates:[17], wood block colored plates:[2].

Vol.5: 1 leaf(blank), Half Title., Front., Title., 2 leaves, pp.1-260, 1 leaf(blank), (some colored) plates:[16], wood block colored plates:[2].

Vol.6: 1 leaf(blank), Half Title., Front., Title., 2 leaves, pp.1-301, (some colored) plates:[18], wood block colored plates:[2], double pages map:[1], folded colored map:[1]

Vol.7: 1 leaf(blank), Half Title., Front., Title., 2 leaves, pp.1-396, (some colored) plates:[30], wood block colored plates:[2].

全12巻のうち、第2巻から第7巻まで。第1巻から第8巻までが日本を、第9巻から第12巻までが中国を扱う。
見返しにも特殊な用紙が用いられている。Johann & Dora Kruse という旧蔵者の蔵書票がある。
イギリス限定35部のうち第18番に当たる。
第2巻の口絵(絹絵)。各巻の冒頭には全てこのような絹絵が収録されているが、これはこの限定版だけのために作成されたものと考えられる。この図は「箱根から望む富士山」(北斎)とある。
第2巻タイトルページ。本書はアメリカのボストンでJ.B.Milletによって出版されているが、ロンドンでの販売は異なる出版社が提携して行った模様で、本書はこの珍しいロンドン版である。
随所に上掲のような写真や図版が収録されている。
第2巻冒頭箇所。第1巻から第6巻までは、日本の歴史、政治、経済、文化などを論じている。
限定版である本書の特徴は、用いられている紙の違いや、口絵の絹絵を収録している点に加えて、別刷の木版画が収録されていることにある。極めてコストがかかることから、数多くある限定版の中でも、本書のように本当に限られたごく少部数の豪華版にのみ収録されたと思われる。上掲は、「温泉」(北斎)とある。
さらに、北斎の木版画に加えて、現代版画家による木版画作品を別刷で収録している。上掲は、「白鳩」(店主には画家特定できず)
第3巻口絵(彩色絹絵)「白鷺と菖蒲」(店主には画家特定できず)
第3巻収録木版画「仕事中の瓦拭き職人」(北斎)
第3巻収録木版画「鴫」(店主には画家特定できず)
第4巻口絵(彩色絹絵)「翡翠と蓮」(店主には画家特定できず)
第4巻収録木版画「海のそばの村」(北斎)
第4巻収録木版画「烏と桜枝」(石泉、店主には画家特定できず)
第5巻口絵(彩色絹絵)「鯉」(店主には画家特定できず
第5巻収録木版画「大工」(北斎)
第5巻収録木版画「サヨナキドリ」(小原古邨)
第6巻口絵(彩色絹絵)「鴨々」(店主には画家特定できず)
第6巻収録木版画「風景(富士)」(北斎)
第6巻収録木版画「鴨々」(店主には画家特定できず)
第7巻口絵(彩色絹絵)「箱根湖」(店主には画家特定できず)
第7巻は日本の芸術を扱う。
第7巻は他巻に比べて収録されている図版が多く、数多くの様々な芸術作品の図版が収録されている。
第7巻収録木版画「橋と運河」(北斎)
第7巻収録木版画「燕」(小原古邨)