書籍目録

『偉大なるティツィアーノとその兄弟であるチェーザレによって鮮やかに描かれた世界各国古今の人々: 画家、意匠化、彫刻家、建築家、そしてあらゆる好奇心旺盛な人々にとって有益な書物』

チェーザレ・ヴェチェッリオ / (天正遣欧使節)

『偉大なるティツィアーノとその兄弟であるチェーザレによって鮮やかに描かれた世界各国古今の人々: 画家、意匠化、彫刻家、建築家、そしてあらゆる好奇心旺盛な人々にとって有益な書物』

[第3版簡略版] 1664年 ヴェネツィア刊

Vecellio, Cesare.

HABITI ANTICHI Ouero RACCOLTA DI FIGVRE Delineate dal Gran Titiano, e da Cesare Vecellio suo Fratello, diligentemente intagliate, conforme alle Nationi del Mondo. ...

Venice, Combi / La Noù, M DC L XIV.(1664). <AB2020192>

Sold

[Third revised edition]

8vo (12.0 cm x 19.3 cm), Title., 6 leaves, pp.1-415, Later(19th Century?) half leather on marble boards, with a yellow tassel.
P1(pp.225, 226)の上部余白に破れ(テキスト欠損なし)あり。

Information

天正遣欧使節がもたらした日本の衣装を描いた貴重な図版を収録

 本書は、16世紀にヴェネツィアで活躍した画家チェーザレ・ヴェチェッリオ(Cesare Vecellio, 1521 - 1601)による、古今東西の様々な人々の衣装を描いた図版集です。ヴェネツィアをはじめとしたヨーロッパ諸国の人々の衣装が中心となっていますが、後半ではオスマン・トルコやペルシャ、そして東インドの人々の姿も描かれています。本書が日本関係欧文資料として大変興味深いのは、こうした古今東西の多彩な衣装を描いた図版の中に、「日本の青年」と題された図が含まれていることです。しかも、この図は想像によって描かれたものではなく、天正遣欧使節が1585年6月にヴェネツィアを訪れた際に献上した日本の衣類をもとに描かれていると考えられることから、天正遣欧使節関係資料としても非常に重要なものと考えられます。

 チェーザレ・ヴェチェッリオは、親類(又従兄弟)にあたる画家で、現代にいたるまで当地を代表する巨匠として知られるティツィアーノ・ヴェチェッリオ(? - 1576)のもとで画業を修め、彼が亡くなるまで彼の工房で働いていました。チェーザレ自身も非常に優れた画家として多くの作品を残しており、近年はその再評価が進んでいますが、ティツィアーノがあまりにも著名すぎるが故に、長らくその影の存在とされてきた人物でもあります。本書の表題に「偉大なるティツィアーノとその兄弟であるチェーザレ」とあるのは、実際には二重の誤りで、ティツィアーノは本書に関与しておらず、また、ティツィアーノはチェーザレの兄でもありませんが、表題にあえてこのように表記したのは、出版社の単純な誤りというよりも、巨匠ティツィアーノにあやかったプロモーションとしての意図があったのではないかと思われます。

 チェーザレは、自身が活躍の中心としていたヴェネツィアを中心としてヨーロッパ諸国の人々の多彩な衣装を同時代だけではなく、古来の衣装までも調査して本書に収録しています。のみならず、日本を含むアジア、アフリカというヨーロッパ外の人々の衣装までも収録したことで、本書は、文字通り「古今東西」の衣装図となっています。チェーザレが初版を刊行した16世紀末は、大航海時代から始まる「新世界」の知見が様々な出版物を通じてヨーロッパ中に広まっていた時期にあたり、航海記、旅行記、地図帳など、様々な書物が数多く出版されていました。こうした「新世界」の知識は、従来からの知識の単なる増補にとどまらず、ルネサンスから始まる世界認識の根本的変化を引き起こすことなり、歴史や地理に代表されるヨーロッパの時間的、空間的認識の再構成を迫るものとなりました。チェーザレは、こうした劇的な世界観の変化を鋭敏に察知したものと思われ、「古今東西」という「新世界」がもたらした時空間の広がりを反映させて本書を編纂し、しかも人々の生活様式に最も密接に関わる文化表象の一つである「衣装」に着目したことが、本書の大きな特徴であると考えられます。当時の「新世界」に関する知識を紹介した書物や、航海記、旅行記の類には、現代の視点から見れば、空想と事実とがないまぜになったような書物が数多く存在していますが、チェーザレは、いずれの図版を描くに際しても、その情報源の信憑性に気を配っており、特に古来や、遠方の衣装を描く際には、できるだけその情報源を明示するように努めています。こうした時代背景を鋭敏に察知したチェーザレによる書物に、「日本の青年」図が収録されたという事実は、ルネサンスと大航海時代によって大きく変動しつつあったヨーロッパの只中に、日本の姿が登場したことを象徴的に物語っている大変興味深いことと言えるでしょう。

 本書第9章(アジアの衣装)の398頁に収録された「日本の青年」図の解説には、「日本の国々では、若者はブストに幅の広い長いブラゲッセを身につけていて、その上に織柄のビロードのズィマッレを羽織っている。これらの衣装はヴェネツィアの十人委員会で見ることができる。」とあります。この解説文において非常に重要なのは「ヴェネツィアの十人委員会で見ることができる」とチェーザレが、その情報源について明記している点です。これは、チェーザレが目にした日本の衣装が、天正遣欧使節団が1585年6月にヴェネツィアを訪れた際に贈り物として献上した日本の衣装(と大小の刀)であったことを明らかにしています。天正遣欧使節はローマからの帰路に際して、当時イタリア半島で最大の王国の一つであったヴェネツィアを訪問して熱烈な歓迎を受け、その返礼に贈り物としてこれらを献上したことが記録されており、しかもこれらの贈り物は少なくとも18世紀後半までヴェネツィアに保存されていたことがわかっています。したがって、チェーザレがその情報源を明記しているように、彼は空想に基づいて「日本の青年」図を描いているのではなく、天正遣欧使節がもたらした実際の日本の衣装をもとに描いたと考えることができます。使節がヴェネツィアを訪問した際は、花鳥紋の衣装を纏っていたことが伝えられていますが、この図で描かれている衣装には、それと全く同じであるかは分かりませんが、同様に花鳥柄となっていることを確認することができます。幅の広い、独特の日本の羽織衣装は、チェーザレの目を引いたものと思われ、それらを正確にスケッチして、本図が作成されたのではないかと考えられます。この贈り物は、18世紀後半以降は、その所在が分からなくなってしまい、現在では失われたと考えられていますので、その姿を描いた唯一と思われる視覚資料としても非常に重要なものと言えるでしょう。

 ところで、チェーザレによるこの書物には生前に刊行された二種類の版と、没後に刊行された版(本書)の三種類が存在していますが、いずれも少からぬ相違点が確認できる複雑な書誌の変遷を辿っています。初版が刊行されたのは1590年のことで、1595年には長文のテキストを一部省略しラテン語併記とする一方、ヨーロッパ外の図版を増補した改訂版が刊行されました。本書は、この増補改訂第2版から半世紀余りを経て新たに刊行された第3版(実際には版表記なし)というべきものです。各版の特徴を簡単にまとめると下記のようになります。

①初版(1590年)
『全二書からなる世界各地の古今の衣装』
(De gli habits antichi, et moderni di diverse parti del mondo libri due.)
・献辞、索引、全13章からなる序文、414枚の図版それぞれにチェーザレの長文な解説、第二書(アジア。アフリカ)序文を付す。

②増補改訂版(1598年)
『全世界の古今の衣装』
(Habiti antichi, et moderni di tutto il mondo.)
・初版にあった序文、第二書序文を削除。
・全12章(書)構成に変更
・508枚に図版を増補。
・解説文を簡略化しラテン語併記とする。
・「日本の青年」図が初めて収録される。

③第3版簡略版(1664年)*本書
『偉大なるティツィアーノとその兄弟であるチェーザレによって鮮やかに描かれた世界各国古今の人々: 画家、意匠化、彫刻家、建築家、そしてあらゆる好奇心旺盛な人々にとって有益な書物』
・献辞の変更
・出版社による新序文
・初版にあった全13章からなる序文を全5章にして抄録
・全10章(書)構成に変更。
・解説文をさらに簡略し、1598年版にあったラテン語併記を削除。解説文と図版を一枚に収める。
・「日本の青年」図を含む415枚の図版を収録。
・図版周縁の額縁飾りを削除。

 店主が確認できる限りでも上記のように各版によって少ない相違点があり、より詳細に照合する必要があるものと思われます。ただし、図版はいずれも同じ木版画が用いられています。日本関係欧文資料として重要な「日本の青年」図は、②において初めて登場しており、本書である③にも継承されています。いずれを最良の版とするのかというのは、用いる側の視点によって変わってくると思われますが、日本関係欧文資料としては、当然「日本の青年」図を含む②③が重要になってくるものと思われます。②から半世紀余りが経過してから刊行された本書である③は、木版画の劣化を主要因としてその価値を低く見る説もありますが、店主の見る限り、②と比べて大きな劣化は確認できず、むしろ一部が省略された解説や、図版、逆に②で削除された①の序文を改めて抄録している等の相違点の方が、②と③との大きな違いではないかと思われます。なお、本書の版元である、ヴェネツィアの出版社Combiは、当時のヴェネツィアを代表する出版社で、特に図版を豊富に含む出版物に秀でていたことで知られており、日本関係欧文資料として重要な、豊臣秀吉や徳川家康を描いた図版を含む『著名武将列伝』(Elogi di capitani illustri, Venezia, 1683)の出版社でもありました。

 本書は、①②を中心にした抄訳と詳細な解説を付した力作(加藤なおみ訳『西洋ルネッサンスのファッションと生活』柏書房、2004年)がありますが、国内所蔵機関では、原著①〜③のいずれの版も所蔵されていないようです(後年19世紀の再編版のみ所蔵あり)。天正遣欧使節と世界観の劇的な変化が生じていた16世紀ヨーロッパとの邂逅を視覚的に示した稀有な日本関係欧文資料として、本書は非常に高い学術的価値を有するものと思われます。