書籍目録

「日本と日本の人々、特に西洋の人々との関係において」(講義集第5:歴史、地理、民俗学その他)

公共福祉協会

「日本と日本の人々、特に西洋の人々との関係において」(講義集第5:歴史、地理、民俗学その他)

[1861年] [アムステルダム刊]

Maatschappij: tot Nut van ’t Algemeen.

VOLKSVOORLEZINGEN. SCHETS V. (GESCHIEDENIS, LAND- EN VOLKENKUNDE, ENZ.) JAPAN EN DE JAPANNEZEN, VOORAL IN BETREKKING TOT DE VOLKEN VAN HET WESTEN.

[Amsterdam], C. A. Spin & Zoon, [1861]. <AB202089>

Sold

8vo (12.5 cm 20.6 cm), pp.[1(Title.)-3], 4-80, Disbound.
他の講義録と合冊されていたものから取り外されたようで、本体のみの未製本の状態。トリミングによりテキスト小口の余白がほぼない状態。

Information

一般向け講義として1860/61年にオランダで行われた興味深い「日本論」

 本書は、1860年ごろにアムステルダムで刊行されたと思われる小冊子です。刊行したのは公共福祉協会(Maastschappij: tot Nut van ’t Algemmen)と呼ばれるオランダ語圏の民衆への教育普及を目的とした公共団体で、同団体が講義テキストとして作成したものと思われます。この協会が創設されたのは1784年と古く、当時貴族や裕福な家庭だけに提供されていた教育機会を、より広く一般の人々に提供するために学校設置や、教育テキストの発行などを精力的に行っていました。協会が設置した多くの学校は、19世紀に入って公教育が国家の責任とみなされるようになって以降、公立学校としてそのまま引き継がれ、オランダやベルギーの近代的な国民教育の基盤を提供した協会として高く評価されています。本書はこの協会が講義テキストとして発行したものと考えられるもので、1860年/61年学期の講義テキスト第3シリーズ(全5講義)のうち、第5講義として日本を論じるべく用意されたものです。

 本文は全三回の講義を収録したもので、講義の様子をそのまま筆記したような親しみやすい講演調で記されています。第1講では、いわゆる西洋による日本発見と鎖国までの歴史を扱っています。すなわち、マルコ・ポーロとジパング、日本の人々の起源、ミカド(Mikado)を中心とした日本の歴史 、ヴァスコ・ダ ・ガマをはじめとした大航海時代以降の西洋人の東方進出と日本との出会い、1543年以降の西洋人と日本の交流史、キリスト教の隆盛と弾圧の激化、ポルトガルとスペインの追放、イギリスの撤退などが扱われています。

 つづく第2講は、鎖国後の日蘭貿易とオランダ商館員が残した文献による日本文化論となっています。ここでは、オランダと中国のみが日本との交易を許されて以降の歴史、ケンペル、ツンベルク、シーボルト、ティツィング、フィッセル、ドゥーフ、メイラン等の著作を参照して、長崎(Nagasaki)の出島(Decima)における日蘭貿易の歴史と実態、オランダ商館長一行による江戸参府の様子、上記著作で記されている日本の人々の様々な文化や風習、歌など、様々なトピックが扱われています。

 最後の第3講は、ペリー来航によって激変することになった近年の日本と西洋諸国との交渉史の解説となっています。長年日本との貿易を独占してきたオランダに対する不当な非難を歴史に遡って反駁しようとする内容にもなっているようです。ここでは、オランダによる日本交易独占に対する非難と不当な中傷に対する反論、より詳細に日蘭貿易の歴史を検証、近年のイギリスとアメリカによる日本開国交渉の歴史、フェートン号事件、ラッフェルズによる出島接収計画、日本開国に向けたオランダの数々の努力と功績、ペリーによる日本開国後の日本が論じられています。

 テキストは先行文献や雑誌論文を随所に参照しながら記されており、親しみやすい講演調で書かれていながらも、その内容は非常に高度なものとなっているように見受けられます。残念ながらこのテキストの著者(講義者)は明らかにされていませんが、日本と西洋諸国との歴史、刊行当時の日本と西洋諸国との外交事情について相当の知識と見識を備えた人物であることは間違いなく、このような著者による講義が1860年前後に一般大衆に向けて行われていたことは驚くべきことと言えるでしょう。ただ、あくまでこのほかにも数多くあったと思われる協会の講義テキストの一つとして刊行されたこともあってか、現在ではほとんど知られていないようで、国内研究機関における所蔵も見当たりません。本書は、著者の特定や講義が行われた背景事情の解明なども含め、非常に興味深い研究テーマを提供してくれる小冊子と言えるでしょう。

他の講義録と合冊されていたと思われ、抜き取った際の綴じ紐が残っている。著者名の表記などはないため、著者(講義者)は不明である。
第1講冒頭箇所。常にG.T.(こんにちは)からはじまる親しみやすい筆致が特徴的だが、内容はきわめて本格的な日本論である。
第2講冒頭箇所。日蘭貿易や日本の文化や風習についても講義されている。
メイランの著作からとったという日本の恋歌のオランダ語訳と日本語をローマ字で表記したテキスト。著者はその良し悪しは日本語が理解できないため判断しかねると言いつつも好意的に紹介しているようである。
第3講冒頭箇所。オランダが日本との貿易を長らく独占していたことに対する不当な非難に対してどのように反論できるかを熱っぽく語るところから始める。