書籍目録

『世界の記述(東方見聞録)』(『旅行記回想録叢書第1巻』)

マルコ・ポーロ / フランス地理学協会 / ルー編

『世界の記述(東方見聞録)』(『旅行記回想録叢書第1巻』)

1824年 パリ刊

Polo, Marco / Société de géographie (France) / Roux de Rochelle, Jean-Baptiste-Gaspard (ed.)

RECUEIL DE VOYAGES ET DE MÉMOIRES, PUBLIÉ PAR LA SOCIÉTÉ DE GÉOGRAPHIE. TOME PREMIER. VOYAGES DE MARO POLO.

Paris, De l’imprimerie d’Éverat, MDCCCXXIV(1824). <AB202083>

Sold

4to (21.0 cm x 27.0 cm), Half Title., Title., pp.I-LIV, [1], 2-568, 1 leaf(Table de Matiéres), Later half leather on marble boards.
テキストにスポット上のヤケが散見されるが、全体として良好と言える状態。

Information

現存写本中、最も重要とされる「イタリア語がかった14世紀フランス語写本」(F写本)を底本に翻刻した「フランス地理学協会本」

 本書は、日本で『東方見聞録』の名称で広く知られているマルコ・ポーロによる『世界の記述』のフランス語翻刻本で、1824年にフランス地理学協会による歴史上著名な旅行記の翻刻・編纂企画である『旅行記回想録叢書』(Recueil de voyages et de mémoires)の記念すべき第1巻として刊行されています。
 
 マルコ・ポーロの『世界の記述』は、200を越える数の現存写本と、それらを基にした様々な印刷刊行版が存在しており、オリジナルのテキストがどのようなものであったのかを探る試みが19世紀始めからなされてきました。本書はその中でも初期の研究を代表する非常に重要な刊本として知られるもので、現在でも高く評価されているものです。

 マルコ・ポーロ『世界の記述』の現存する様々な写本を網羅的に調査し、そのテキスト生成過程を綿密に裏付け整理したのが、1928年に刊行された Benedetto, Luigi Foscolo. Marco Polo Il Milione,…, Firenze, Leo S. Olschiki, 1928. です。彼による現存写本の関係整理と分類は現在の研究でも踏襲される基本研究となっています。近年の日本国内の研究では、高田秀樹「マルコ・ポーロ写本(1) - マルコ・ポーロの東方(2-1)-」(『国際研究論叢』第23巻第3号、2010年所収)において、ベネデットの研究をさらに発展させた詳細な分類と解説がなされていますので、同論文に従ってごく簡単にその分類をまとめますと下記のようになります。

グループA(F系統)
①フランス語地理学協会版 (F) イタリア語がかった独特のフランス語で書かれたものでグループAの基本テキスト
②フランス語グレゴワール版 (FG) 詳細不明の人物グレゴワールが①を正統フランス語に書き直したもの
③トスカナ語版 (TA) ①を基にトスカナ語に訳したものだが、現存するF写本にない記述があることから、現在は失われたF写本以前のオリジナルに近い写本の記述を伝えるものとして重要とされている。
④ヴェネト語版 (VA) ③と同じ特徴を持ち、かつヴェネツィアで刊本として幾度も刊行された影響力のある版
⑤ピピーノによるラテン語版 (P) ④を基にボローニャのドミニコ会士フランチェスコ・ピピーノがラテン語に訳したもので、現存写本中最多を占める。さらに複数の俗語に翻訳された。1485年の刊本をコロンブスが所持していたことでも有名。

*いずれも内容は基本的に一致する。

グループB(Z系統)
⑥ラテン語ゼラダ 版 (Z) ゼラダ 枢機卿旧蔵書にあったラテン語写本で、①よりさらに古い同系写本を基に底本としているためグループAにない記述が多数ある。
⑦ラムージォによるイタリア語版 (R) ラムージォによる刊本『航海旅行記』(Navigazioni e Viaggi. 1559)第2巻に収録されたもので、⑤と⑥の系統にある複数の写本を用いており、ラムージォ自身の序文や解説も高く評価されている。

*グループAにない記事を多数含み、かつグループAにある記事をいずれかが完備している。
*ZとRの内容に内容が一致しない相違点がある。

 本書は、このうちの①にあたり、フランス国立図書館に所蔵されているイタリア語の影響を強く受けているとされる独特のフランス語写本(Ms.fr.1116)(通称F写本)を翻刻したもので、グループA研究の基本テキストを提供した書物として重要視されています。また本書には付録として、同じくフランス国立図書館に所蔵されているラテン語写本 F(Ms.lat.3195)の翻刻も後半に収録されています。この付録は、F写本を基にした③トスカナ語版(TA)がさらにラテン語に訳され、異なるラテン語訳である⑤とも混じったものであることが知られています。

 このように本書はマルコ・ポーロ『世界の記述』のテクスト生成過程と系統分類をめぐる初期研究の基礎となったもので、現代においてもなお高く評価されている基本文献として大変価値ある学術資料と言えます。



「現存する20のフランス語写本のうち、パリ国立図書館写本 Ms.fr.1116(F) のみは極めてイタリア語がかった奇妙な独特のフランス語で書かれている。この稿本は1824年フランス地理学協会からルーの編集で『旅行記回想録集』Recueil de Voyages et de Mémoires 中に初めて刊行されたことから、地理学協会版 Geography Text と通称される。その序文には、同書は「1298年ジェノヴァの牢にて同囚のリュスタショー・ド・ピズに記述させた」とはっきり記されてあった。それまで広く普及していたピピーノのラテン語版やラムージォのイタリア語版にはこの執筆者の名前はなく、そのことは一般に知らされていなかった。そして1833年、その序文の冒頭の文章が同じ作者の名を冠したさる円卓騎士物語『ギーロン・ル・クルトワ』Guiron le Courtois の冒頭の文章の一致により、マルコ・ポーロ旅行記もルスケティケッロによって筆録されたものであることが確かなものとされた。その結果、それまではラテン語やマルコの母語ヴェネツィア方言が有力視されていたのが、1298年ジェノヴァで彼により編まれたという最初のものは、この Ms.fr.1116のような姿であったのではあるまいかと、一致して疑われるところとなった。
 1928年上述の研究(Benedetto, Luigi Foscolo. Marco Polo Il Milione,…, Firenze, Leo S. Olschiki, 1928 のこと;引用者注)でベネットは、そのルスティケッロの騎士物語の最も古い写本パリ国立図書館 Ms.fr.1463とこの Ms.fr.1116を綿密に照合し、冒頭の文章のみならず全編において語彙・表現・文体や場面・台詞・様式に至るまで基本的な一致を見せることを検証し、筆者が同一であることをさらに確かなものとした。語彙と語形においてイタリア語の影響を深くまた様々に受けている混合フランス語であるその文体を、まさしく千二百年代にフランス語で著作活動を行なっていたイタリア人作家のものとし、それを『フランク−イタリア語』と呼んで通常の正統フランス語と区別した。そして写本 fr.1116を、その筆録者の言語が基本的かつ体系的に放棄されずに残っている唯一ものとした。この文体の一致からまた、かの旅行記はマルコの口述するがままに筆記されたとの従来の見方を否定し、かなり完成度の高い豊富なメモやノートに基づいて、作家ルスティケッロが明確な構想のもとに十分な時間を使って自分の文体で筆録して完成させたものであると考えた。
 しかし、この写本Fそのものは14世紀初めの数十年にイタリア(おそらくトスカナ地方)で作成されたものであり、誤り・崩れ・欠落・意味不明箇所のあること、同系統の他の稿本により古い良好な形の語句や文が残っている場合のあることから、その間には複数の中間写本が介在していたと考えなければならないとした。いずれにしてもしかしFは、少なくとも言語的には現存写本のうちオリジナルに最も近いものであることには変わりなく、全てのテクストの基礎となるものである。
 内容的には全234章からなり、序文から最後のノガイとトクタイの戦いの章までそろった完本で、Aグループの中では最も長くかつ豊かである。そのテクストとしては、前述ベネデットの校訂になる出版の他、1982年にロンキによる独自の校訂版が刊行されている。また、1932年のベネデット自身の手になるイタリア語集成訳と1938年のムールの英語集成訳でも主底本として用いられている。」

「1824年フランス地理学協会によってFの付録として刊行されたラテン語写本パリ国立図書館 Ms.lat.3195(LT:14世期)は、このトスカナ語テクストがラテン語訳されて後述のピピーノのテクストと混交したものである。」

(高田秀樹「マルコ・ポーロ写本(1) - マルコ・ポーロの東方(2-1)-」『国際研究論叢』第23巻第3号、2010年所収、132-133、136頁より)