書籍目録

『17世紀のメルクリウス、1601年から1650年までに世界で生じた様々な出来事についての記述』

ジラルディ(イエズス会)

『17世紀のメルクリウス、1601年から1650年までに世界で生じた様々な出来事についての記述』

1664年 ナポリ刊

Girardi, Felice.

IL MERCVRIO DEL DECIMOSETTIMO SECOLO NEL QVALE SI CONTENGONO I FATTI PIV ILLVSTRI Succeduti nel mondo dal 1601. fino al 1650. DEL P. FELICE GIRARDO Della Compagnia di GIESV.

Napoli, Giacinto Passaro, M.DC.LXIV. (1664). <AB201766>

Donated

4to, Title, 3 leaves, pp.[1], 2-454, [455], 15 leaves (TAVOLA, ERRORI DELLA, STAMPA, REGISTRO), Contemporary vellum, rebacked
刊行当時のヴェラム装丁だが、本体は後年の綴じ直し。タイトルページから100ページあたりまで紙右端に破れと補修の形跡あり。一部テキスト浸食箇所もあるが、手書きでテキストを補っている。

Information

17世紀前半の日本の状況を編年体で記した貴重文献

 本書のタイトルには、日本に関係する記述があるようには全く思えませんが、17世紀前半の日本におけるイエズス会の宣教活動と、禁教政策の激化による殉教事件や、変転する日本の社会状況を、年ごとに整理して記してある大変重要と思われる文献です。

 著者のジラルディ(Felice Girardi, 1597 - 1665)について詳しいことは確認できませんが、ナポリで活動していたイエズス会の著作家で、本書の他にザビエル伝(S. Francesco Sauerio viuo ritratto di S. Paolo opera del P. Felice Grirardi...1661)などの著作があることが確認できます。本書のタイトルにあるメルクリウスとは、ローマ神話における神々の一つで、神の遣い、使者の役目を果たすとされており、その意味で世界の様々な状況を知らせるものとして寓意的に採用されたものか、あるいは神の遣い、使徒という意味で、信仰にその生を捧げた傑出したキリスト者(布教者、殉教者)を中心にした歴史書として採用されたタイトルでないかと思われますが、正確なところは店主に定かでありません。

 本書は、その副題がより正確に示しているように、17世紀前半、すなわち1601年から1650年に至るまでの世界の出来事を、1年を1章の構成にして編年体で記述したものです。世界の出来事とは、つまりイエズス会が、カソリック圏を越えて世界各地で展開していた宣教活動とその報告書によってもたらされた情報のことであり、そのため本書は、自ずとヨーロッパ外の地域の出来事に関する記述が中心となっています。

 なかでも本書において、日本は非常に重きを置かれており、その冒頭が、関ヶ原の戦いの直後の日本の状況を描くところから始められています。日本についての記述は、ほぼ毎年登場し、少なくとも1節以上を費やして、その年の日本における状況が記されています。店主が確認した限りでは、次の年において、最低1節以上の日本についての記事が確認できます。すなわち、1601年、1602年、1603年、1605年、1606年、1608年、1609年、1610年、1611年、1612年、1613年、1614年、1615年、1616年、1617年、1618年、1619年、1620年、1621年、1622年、1623年、1624年、1625年、1626年、1627年、1628年、1629年、1630年、1631年、1632年、1633年、1634年、1635年、1636年、1637年、1638年、1639年、1640年、1641年、1643年、1649年、とほぼ本書の全編にわたって日本に関する記事を見ることができます。

 ジラルディは、本書の執筆にあたって参照した文献を、各節の末尾にイタリック体で記しており、このことから、彼がいかなる文献を頼りに本書を記したのかを知ることができます。例えば、日本についての多くの記述では、バルトリ(Daniello Bartoli, 1608 - 1685) による大部の歴史書『イエズス会史(Istoria della Compagnia di Gesú. 1650-1673)』のアジア、日本、中国に関係する第1部から第3部を多く参照していることがわかります。これは、執筆当時最新にして最も浩瀚なアジア地域における記録であったバルトリの著作を、ジラルディがいち早く詳細に検討しながら、本書を記したことを示しています。また、ジラルディは、バルトリの記述を参照しながらも、他の多くの関連する文献も合わせて参照しており、ガブリエル・マトス(Gabriel de Matos, c.1572 - 1634)によるものをはじめとした数多くの日本年報や、トリゴー(Nicolas Trigault, 1577 - 1628)『日本におけるキリスト教の勝利(De Christianis apvd Iaponios trivmphis. 1623)』、カルディム (António Francisco Cardim, c.1596 - 1659)『日本管区の報告(Relatione della Provincia del Giappone. 1645)』、スタフォード(Ignacio Stafford, 1599 - 1642)『マストリリ伝(Historia de la celestial vocacion, missiones apostolicas, y gloriosa muerte, del Padre, Marcelo Franco Mastrili. 1639)』などを参照しています。

 ジラルディが、本書執筆に際して、このように多くの先行研究や文献を駆使していること、そしてそれらを明記していることは、本書における日本関係記事の信憑性や重要性を評価する上で重要な指針となると思われます。また、それだけでなく、本書は「世界の出来事」を描く文脈において、日本関係記事が登場していることから、当時のイエズス会から見た「世界史」において、日本がいかなる位置付けにあったか、あるいは他地域との比較の視座がいかなるものであったかを知ることも可能にしています。本書は、日本におけるいわゆる鎖国体制が完成し、日本におけるキリスト教宣教活動が絶望的に困難になった時期である1664年に刊行されていることから、当時のイエズス会宣教活動全体における、困難な日本の位置付け対する同時代の視座をたどることができる資料と言えます。

 これほどまでに多くの日本関係記事を含む書物でありながら、本書はそのタイトルからは、全く日本に関係することが分からないこともあってか、主要な日本研究文献目録にも、本書は掲載されていません。イエズス会の日本宣教活動に関する大変重要な文献として、研究が待たれる一冊です。

テキスト冒頭。関ヶ原の戦い後の日本の状況説明から始まっている。
各節の末尾に参照文献がイタリック体で記してある。ここで挙げられているのは、バルトリ『イエズス会史 アジア第2部 日本』。当時最新の文献である。
ここで参照されているのは、トリゴー『日本におけるキリスト教の勝利』
前半部分は水濡れによるものと思われる欠損があり、後年に補修されている。可能な範囲で、テキストも補記してあるが、ない箇所もある。ただし、テキスト本文の欠損箇所は少ない。
見返し部分には落書き?と思われる書き込みあり。
装丁自体は当時のものとおもわれるが、テキストブロックは綴じ直されて、背を補強した形跡がある。