本書は、全8巻をかけて「アジア」地域全体を詳細に、かつ分かりやすく解説するもので、1829年にパリで刊行されました。タイトルからもわかるように教育用としての用途を意識しており、当時入手し得た文献を駆使して最新情報を盛り込みつつ、専門家でなくともアジア地域について必要な知識を得ることができるように工夫されています。全8巻とはいえ、文庫版より少し大きいほどのハンディサイズで印刷されており、持ち運びの便もはかっていたことが伺えます。著者のブリアン(Pierre-César Briand, 1763 - 1839)は、18世紀末ごろから出版業界で活動し、自身の出版社を立ち上げながら幾度か破産を経験しつつも、本書のような教育用旅行叢書の刊行を主に手がけていたようです。
アジアの中の特定の地域を概ね1冊から2冊を費やして解説する構成をとっており、当該地域の折り込み地図が各巻の冒頭に収録されています。また、視覚的な理解と関心を高めるために各巻に2枚ずつ図版も収録しています。第1巻は、オスマントルコを中心に扱い、第2巻は、ペルシャ、アラビア地域、第3巻と第4巻は、イギリスの関与が深かったインド、アフガン地域、第5巻は、オランダ、フランスの関与が深かった東南アジア地域、第6巻と第7巻は、中国と日本を中心とした東アジア地域で、朝鮮半島やモンゴルもここに含まれます。第8巻はコーカサスなどの中央アジアや極東シベリア地域を扱っています。
日本については第7巻で2章、120ページ弱を費やして比較的詳細に論じています。第7巻第6章は、「日本帝国」と題して、長崎、多様な宗教、統治機構、風習、キリスト教布教(とその廃絶)、公方(将軍)、内裏(天皇)、余暇、結婚の儀などを扱っています。第7章では、長崎出島から江戸までのいわゆる江戸参府の行程をたどりながら日本各地の都市の解説をしています。また、収録されている図版は、長崎港の様子を描いたものですが、これは、ロシアの世界周航に同行した博物学者ラングスドルフ(Georg Heinrich von Langsdorf, 1773 - 1852)の『世界周航記 (Bemerkungen auf einer Reise um die Welt in den Jahren 1803 bis 1807. 1812)』に収録されている図版を参照したものと思われます。
本書は、アジア地域全体を網羅的に解説しようという壮大な企画ですが、教育用という用途を意識して、冗長になったり過度に詳しくなりすぎることを避けわかりやすく解説しつつ、その情報源は当時最新の文献を参照するというもので、現在の視点から見ると、当時のヨーロッパにおけるアジア地域に対する一般的な理解の度合いや内容を知ることができる、大変便利な資料となっています。ただ、この叢書は発行部数が少なかったのか、教育用のため読み捨てられてしまったのか、理由は定かでありませんが、現存する部数が非常に少ないようで、国内の研究機関でもほとんど所蔵されていないようです。
なお、本書は第1巻のタイトルページを欠いていますが、それ以外のテキスト、図版、地図は完備しており、内容上の問題はありません。各巻の詳細な書誌情報は下記のとおりです。
Vol.1: LACKING Title., Folded map, pp.[V], VI-VIII, Folded map, pp.[1], 2-,-188, [189], 190-208, 20[i.e.209], 210-264, Plates: [2].
Vol.2: Half Title., Title., Folded map, pp.[1], 2-270, Plates:[2].
vol.3: Half Title., Title., Folded map, pp.[1], 2-226, 1 leaf, Plates: [2].
Vol.4: Half Title., Title., Front., pp.[1], 2-249, Plate: [1].
Vol.5: Half Title., Title., Folded map, pp.[1], 2-213, Plates: [2].
Vol.6: Half Title., Title., Folded map, pp.[1], 2-245, Plates: [2].
Vol.7: Half Title., Title., pp.[1], 2-246、Plates: [2].
Vol.8: Half Title., Title., Front., pp.[1], 2-243, Folded map: [1], Plate: [1]