書籍目録

「ピアノのための、日本のミュージカル劇ゲイシャ選曲集」(楽譜)

ジョーンズ

「ピアノのための、日本のミュージカル劇ゲイシャ選曲集」(楽譜)

[1896年] ロンドン刊

Jones, Sidney.

Selection FROM THE JAPANESE MUSICAL PALAY, THE GEISHA FOR THE PIANOFORTE.

London, Hopwood & Crew, [1896]. <AB2019137>

Sold

25.0 cm x 35.6 cm, pp.[1(Title.)], 2-17, Original paper wrappers.
紙テープによる補修跡あり。

Information

「ミカド」を凌ぐほどの人気を見せたミュージカル・コメディ「ゲイシャ」の楽譜集

「(前略)《ミカド》に遅れること11年、世紀末のロンドンに、またもや日本を舞台にした軽い作品が登場した。それは、《芸者》というミュージカル・コメディであり、作曲者は、シドニー・ジョーンズというまだ若い作曲家であった。《芸者》は当初《ミカド》をも凌ぐ大当たりとなった。(中略)シドニー・ジョーンズ(1861〜1946)は、イギリス以外ではあまり知られていないが、世紀の変わり目の頃をピークに、主に軽い舞台音楽の分野で人気のあった作曲家である。(中略)
 劇場支配人のジョージ・エドワーズにその際を見込まれ、一、二の舞台作品を書いたが、1896年頃にかいたこの《芸者》が大ヒットして一躍名を成した。」

「さて、ジョーンズの代表作《芸者》は、支配人のエドワーズが、11年前に《ミカド》が大ヒットしたことにあやかり、再び日本的な題材での成功を当て込んで生まれた作品であった。台本がホール、作詞がグリーンバンク、そして音楽がジョーンズという組合せは、前二作と同じであった。《芸者》は、ロティの『お菊夫人』にヒントを得て台本が書かれたといわれるが、そのストーリーは。《ミカド》と《お菊夫人》を折衷したようなもので、後の《蝶々夫人》に似た設定さえある。しかし、劇の性格は《蝶々夫人》とは対照的で、白人、日本人、中国人が入り乱れるお笑い音楽劇である。」

「《芸者》の中の日本人の登場人物は、時代考証的に見て不可解な点があるが、それはさておき、登場人物の名前には暗示的なところがあっておもしろい。ヒロインのミモザさんのミモザとは、豆科植物の一種で、触れるとお辞儀をするところから、日本では「おじぎそう」として知られる。外国人から見て、芸者の姿がそのイメージにぴったり当て嵌まったのではないだろうか。」

「《芸者》の音楽であるが、これはそれまでのサリヴァンの音楽と比べると、より新鮮で多彩であることが特色である。そこにはサリヴァンの音楽に近いビクトリアン・スタイルの音楽もあるかと思えば、ヨーロッパ大陸の踊り(ワルツやポルカなど)を取り入れたり、随所にオリエンタルな着色を施すなど様々な工夫が見られる。ダイアログも、ギルバートのスタイルを踏襲しながらもより洒脱である。ジョーンズは、快活さと簡潔さを何よりも重視し、ほとんどのナンバーを3分以内におさめるように努めたといわれている。
 全曲中には、印象に残るナンバーがいくつかある。開幕の陽気なコーラス「楽しき日本」、第一幕でミモザさんがフェアファックス中尉に愛らしく歌う「なまめかしい金魚」、同じく第一幕でミモザさんがモリーに歌う「芸者の生活」、第二幕でワンさんが歌うユーモラスな中国風の歌「チン・チン・チャイナマン」などである。特に「芸者の生活」の優雅なワルツ調のメロディはウィンナ・オペレッタを、その後半の木管との楽しいやりとりは19世紀イギリスの作曲家J・ベネディクトの有名な歌曲《ジプシーと小鳥》を思い出させる。」

「《芸者》は、1896年4月25日にロンドンのダリー劇場で初演された当初から好評であり、以後何と760回という空前の公園記録を打ち立てた。それはあの《ミカド》をも上回る数字であった。そして《ミカド》同様その人気はイギリスだけに留まらず、ヨーロッパ各国に広まった。既述のように《ミカド》は、フランスではあまり歓迎されなかったが、《芸者》は当初から大きな拍手で迎えられた。ドイツでは独語版も出版され、当時最も人気のある出し物となった。イタリアでもイタリア語版が出版され、以後この国で日本物がが作られる土壌を開拓した。さらにその勢いは留まることを知らず、ロシア、スウェーデン、ハンガリーなどの国々にまで及び、どこでも大人気となった。《芸者》はいち早く大西洋をも渡り、同年の9月9日のニューヨークでの初演を皮切りに、ニューヨークだけでも160回の上演を記録した。
 《芸者》は、1897年10月に、オーストリアの帝都ウィーンのカール劇場でも上演され、当劇場の最も人気の高い出し物となった。」

(岩田隆『ロマン派音楽の多彩な世界』朱鳥社、2005年、154-163頁より)