書籍目録

『日本の一年(月々)』

岡田松生 / 山本昇雲 / 尾形月耕

『日本の一年(月々)』

第3版 1898(明治32)年 東京刊

Okada, Matsuto / Yamamoto, Shoun / Ogata, Gekko

THE JAPANESE MONTHS WITH ILLUSTRATIONS.

Tokyo, The Toyodo(東陽堂), 1898. <AB201991>

Sold

3rd edition.

18.3 cm x 25.0 cm, Title.(verso of the front cover), colophon, 1 double pages illustration(hereinafter called d.p.i), pp.[1], 2, 1 d.p.i., pp. 3, 4, 1 d.p.i., pp.5, 6, 1 d.p.i., pp.7, 8, 3 d.p.i.s, pp.9, 10, 2 d.p.i.s, pp.11, 12, 1 d.p.i., pp.13,14, 2 d.p.i.s, pp.15, 16, 1, Original pictorial paper wrappers.
*刊行年は西暦では1898年とある一方で、奥付では明治32年(すなわち1899年)とある。

Information

海外向けに作成された山本昇雲、尾形月耕らが描く明治の生活風景英文画帖

 本書は、日本の月々の特徴的な季節の伝統行事を美しい16点の挿絵とともに紹介したものです。著者は、奥付にあるように岡田松生で、熊本洋学校出身のいわゆる熊本バンドの一人に当たる人物で、同志社英学校を卒業してからは様々なミッション活動に関わると同時に、熊本県政や中央官庁といった公職でも活躍しています。本書刊行翌年の1896年からは貿易会社にも務めており、堪能であったと思われる英語を生かして、のちには自身の商社も立ち上げています。本書刊行の経緯については全く不明ですが、日本の伝統行事を英語でわかりやすく、正確に紹介していることから見て、海外から日本を訪れた人々に向けて、日本文化を紹介する目的で著されたものであろうことが推察できます。

 本書を彩る数多くの美しい挿絵を手がけた人物は、落款から確認できる限りでは、山本昇雲と尾形月耕です。山本翔運は、1895年から1912年の長きにわたって本書の出版元である東陽堂の絵画部員として『風俗画報』をはじめとして、数多くの出版物の挿絵を提供しており、本書も東陽堂絵画部員として筆を振るったものと思われます。いずれの作品も、日本の四季を彩る12カ月を鮮やかに描いたもので、岡田の英文テキストともに、海外向け出版物として好評を博したものと思われます。

 本書は、このように非常に美しい書物ですが、その出版背景はやや複雑な事情をはらんでいるようです。というのも、本書刊行以前の1894年に、岡田による全く同じテキスト、ほぼ同じ構成をとった小林清親の挿絵を用いて、國文社から2冊本のちりめん本が刊行されているのです。本書は、國文社のちりめん本を元に、岡田の同じテキストを用い、ほぼ同じ構成を取りながら、全く異なる絵師の挿絵を採用して、東洋堂が、いわば「改作」する形で、1冊の平紙本として刊行されたものなのです。

 本書に「第3版」という表記があるのは、そのためで(國文社による2巻本ちりめん本は、1895年に刊行された第2版が最後)、國文社から何らかの事情で版権を譲り受けた東陽堂が、第2版までの絵師を務めていた小林清親にかえて、自社の絵画部員である山本昇雲を絵師の中心に据えて、本書を「第3版」として売り出したという事情が読み取れます。この過程で、小林清親と東陽堂との間でどのようなやり取りがあったのかは分かりませんが、絵師を交代するだけならまだしも、挿絵の構成、主題をほぼそのまま引き継ぐ形で、別の絵師に挿絵を担当させるという、強引とも言えるやり方は、何らかの禍根を残したのではないかと思われます。さらに興味深いことに、東陽堂は、本書刊行から11年後の1909年に、かつて國文社が刊行していたものと全く同じちりめん本2冊本を、「第4版」として刊行しており、この第4版は、小林清親の挿絵をそのまま用いていながら、國文社によるちりめん本にあった彼の落款を全て削除しており、絵師が誰であるのかを全くわからなくしてしまっています。と同時に、このちりめん本2冊本「第4版」の刊行と同時に、本書と同じ山本昇雲らの挿絵を採用した平紙本1冊本を、同じ「第4版」と称して刊行しています。

 本書は、山本昇雲と尾形月耕という類まれな絵師による挿絵を配した、明治期の生活風景を描いた非常に美しい書物として、高く評価されるべきものですが、その一方で元来の絵師である小林清親の挿絵を配したちりめん本2冊本の存在の上に成立していることも看過すべきではないでしょう。いずれの書物も、極めて著名な絵師と優れた著述家によって生み出されたものですので、両者を併せ読むこともまた、興味深い発見を得ることにつながるのではないでしょうか。

 なお、國文社と東陽堂による出版の経緯をまとめると下記のようになります。

①初版(1894年)
ちりめん本 全2巻 
挿絵に落款あり
奥付の刊行年は明治27年
國文社

②第2版(1895年)(本書)
ちりめん本 全2巻
挿絵に落款あり、タイトルページにSECOND EDITIONと明記
奥付の刊行年は初版のまま明治27年
國文社

*店主管見の限りでは第2版までが國文社版で、國文社では平紙本版は作成されず、ちりめん本版のみ作成されたと思われる。③以降に比べて①②は市場に出回る機会が非常に少ないため、相対的に少部数しか作成されなかったものと推察される。


③第3版(1898年)
平紙本 全1巻
挿絵が全く別の画家(恐らく山本昇雲(松谷)と思われる)によるものに差し替えられている。
タイトルページにTHIRD EDITIONと明記。
東陽堂に出版社が変更され、國文社の表記は削除されている。
奥付の刊行年は初版、第2版への言及はなく、新たに明治32年としている。

*店主管見の限りでは、第3版のちりめん本版は確認できず。

④第4版(1909年)
ちりめん本 全2巻
挿絵は①②と同じようだが、落款が削除されている。
東陽堂による出版、國文社の表記は削除されている。
表紙の絵柄にFOURTH EDITIONと明記。
奥付の刊行年は初版のまま明治27年。
サイズが若干小さくなるほか、合わせて1枚絵となる2巻の表紙の絵柄がずれてしまうようになる。
挿絵の刷りも①②とは異なる。市場で比較的見かけることが多い版で、そのことから最も多くが作成された版ではないかと推察される。

⑤第4版(1909年)
平紙本 全1巻
東陽堂による出版、國文社の表記は削除されている。
③とほぼ同じと思われる。



「山本昇雲は、報道画家として明治時代の流行雑誌『風俗画報』の口絵・挿絵に全国各地の事件・風俗・風景を描き、日本画家としても文展などに美人画・風景画・花鳥画などを数多く出品、また、近代浮世絵の代表作として評価されている木版画も製作した高知県出身の画家である。
 昇雲は明治・大正・昭和の長きにわたり活躍したものの、報道画家といういまでは存在しないジャンルで活躍していたことや、画壇の表舞台を早くに去ったことなどから、いまでは知る人も人も少なくなってしまった。しかし、明治時代の新しい出版文化のなかで、大正時代の美人画の隆盛のなかで、時代に寄り添い活躍していた。」

「1894(明治27)年から『風俗画報』の挿絵を手がけるようになった昇雲は、ほかにも東陽堂などでの刊行物の仕事を多数おこなった。それらは、昇雲の活躍ぶりであるとともに、生活の糧でもあった。
 まず、特徴的な刊行物に英語解説つきで日本の風俗を紹介する冊子がある。『Japanese Children(日本児供遊び)』という、1895(明治28)年10月発行のものと、同タイトルで装丁・英文解説も同じだが挿絵がすべて異なる1898(明示31)年頃再発行されたと考えられるもの。『The Japanse Months(日本の12ヶ月画帖)』という、1899(明治32)年12月に発行された、石版摺の挿絵は昇雲と月耕、秀禾の3名が描き、岡田松生の英文解説が付いているもの。ほかにも英文解説つきの『日本名所風俗画帖』などを刊行していたようである。新風俗を加味しながらも日本情緒あふれる挿絵がついたこれらの刊行物は、『風俗画報』巻末広告の文言などから、欧米の人々を主な対象として刊行されていたと考えられる。」

(「後藤雅子「山本昇雲 人と作品」浮世絵太田記念美術館『山本昇雲展』2006年、65, 68頁より)

表表紙、國文社によるちりめん本とほぼ同じ意匠を採用している。
裏表紙。國文社によるちりめん本では、2冊の表紙を合わせて①枚の絵となる作りになっていたものを、表裏表紙で1枚の絵となるような作りに変えている。
表表紙の裏面がタイトルページ、その隣が奥付。「第3版」と称する一方で、奥付には、國文社による第2版までの情報に対する言及がない。
1)新年の風景(1月)挿絵のモチーフは國文社版と同じままにしつつ、絵師を全て変更している。この絵の左下には尾形月耕の落款が見える。
岡田松生によるテキストは國文社本と全く同じものをそのまま用いている。
2)大名の初登城(1月)
3)亀戸天神の梅見風景(2月)
4)雛祭り(3月)この絵の左下には山本昇雲の落款「松谷」が見える。本書中において、山本は「松谷」と「昇雲」の2つの落款を用いている。
5)上野公園の花見風景(4月)
6)端午の節句(5月)
7)富士山を背景にした田植えの風景(5月)
8)日吉神社の山王祭(6月)
9)七夕祭、10)精霊祭(7月)
11)綱引きと月見(8月)
12)(赤坂の)菊花展(11月)
13)相撲(9月)
14)米の脱穀(10月)
15)餅つき(12月)
16)(江戸時代の)結婚式(12月)
参考)左が本書、右が國文社によるちりめん本2冊本
参考)左が本書、右が國文社によるちりめん本2冊本
参考)左が本書、右が國文社によるちりめん本2冊本