書籍目録

『普遍史 現代部』第7巻、第8巻

セール他編

『普遍史 現代部』第7巻、第8巻

(第2版) 1781年 ロンドン刊

(George Sale / George Psalmanazar / Archibald Bower / John Campbell...(compiler)

THE MODERN PART OF AN Universal History, FROM THE Earliest Accounts to the Present Time. Compiled from ORIGINAL AUTHORS. By the AUTHORS of the ANCIENT PART. VOL. VII. [together with] VOL. VIII.

London, Printed for C. BATHURST, J.F. and C. RIVINGSTON, A. HAMILTON, T. PAYNE, T. LONGMAN. [and 11 others], MDCCLXXXI.(1781). <AB201747>

Sold

(Second edition)

8vo, Vol. 7; Title, 4 leaves (CONTENTS), pp.[1], 2-19[i.e.196], 197-245[i.e.345], 346-234[i.e.432], 433-460. blank leaf. Vol. 8; blank leaf, Title, 4 leaves (CONTENTS), pp.[1], 2-73[i.e.75], 76-337[i.e.437], 438-467, blank leaf, Contemporary full calf.
第7巻のタイトルラベル剥落、他背やヒンジに痛み。

Information

18世紀の「普遍史」記述における日本と中国をはじめとしたアジア

 本書は、「普遍史(Universal History)」という、現代ではあまり聞きなれないタイトルを持つ書籍の第7巻と第8巻にあたるものです。内容としましては、第7巻が東方タタール(Eastern Tartars)、中国、日本の歴史を主に扱い、第8巻はその関連で、ヨーロッパ諸国のアジア進出の歴史を扱っています。

 普遍史とは、キリスト教圏における代表的な歴史観の一つで、元来は聖書に依拠して天地創造と人の歴史を記述したものです。聖書に書かれていることを、あらゆる地域、あらゆる時代をカバーするものとして理解し、聖書に基づいて「普遍的な」歴史を描こうとする試みで、中世以降の長い伝統を有しています。

 聖書に基づいて普遍的な歴史を描くという試みは、ルネサンスにおける、聖書よりも古い歴史を持つエジプトの「再発見」、大航海時代における「新大陸の発見」により、時間的にも空間的にも、それが「普遍的」であることを維持することに大きな危機を迎えながらも、修正を施しながら17世紀に入ってなお、その力を維持し続けていきます。しかしながら、イエズス会による中国布教の副産物として、聖書を圧倒的に遡る歴史を記した書物の存在とその記述の正確さがヨーロッパに17世紀半ばに伝えられると、普遍史は決定的な危機に瀕します。それ以降も普遍史を維持しようとする試みは懸命に続けられていきますが、18世紀に入ると次第にその世俗化は避け難くなっていき、聖書記述を普遍的真理として歴史を描くことから、時間的にも空間的にもあらゆる地域と人の歴史を網羅するという、百科全書的な歴史記述へと、その性格が徐々に変化していきます。

 本書は、こうした普遍史の世俗化が進んでいく時代を背景として、1730年にロンドンで刊行が始まった全65巻からなる長大な企画の一部分に当たります。編者には、コーランの最初の英訳を行なったことでも有名なイングランドの東洋学者セール(George Sale, 1697-1736)を中心として、架空の台湾をあたかも現実のそれかのように描くことに成功した『台湾誌(Historical and Geographical Description of Formasa... 1704)』の著者としても有名なサルマナザール(George Psalmanazar, ?-1763)、スコットランド出身の作家キャンベル(John Campbell, 1708 - 1775)など、錚々たる面々が集っています。

 この企画は、まず古代の部(Ancient Part)から刊行が開始され、1742年までに21巻を数えます。続く現代の部(Modern Part)は、1758年から1762年にかけて、全44巻が刊行されました。創世記に始まる西欧の伝統的な歴史記述を「古代の部」で網羅し、「現代の部」で描かれる世界のあらゆる地域と人の歴史と接合しようとする実に 18世紀らしい試みで、刊行後は、宗教的に保守的な立場からの様々な批判を浴びながらも人気を博し、イタリア語、フランス語、ドイツ語にも翻訳されています。特にドイツ語版は、のちに普遍史の解体とそれに代わる「世界史」への移行の第一歩を踏み出したガッテラー(Johann Christoph Gatter, 1727 - 1799)に間接的に影響を与えたとも言われています。

 本書は、1780年から再版されたこの企画の第7巻、第8巻となるものです。巻構成が初版とは異なっているため、両版の巻には互換性はありません。

 第7巻では、「普遍史」に決定的な打撃を与えた中国史が詳細に扱われています。本書では、中国史を何とかして聖書の歴史記述に適合させようとする姿勢は最初から放棄されており、その歴史の長大さと歴代王朝の変遷が淡々と説明されています。また、歴史だけではなく、その宗教、統治機構、法律、政治、学問、芸術、言語、農業、人々の性格、風習なども網羅的に記録されています。

 第7巻の中国に続いては、日本についても詳細に論じられています。ここでもその起源と古代からの歴史の記述はもちろんのこと、地理的概況、産出物、宗教、統治機構、法律、技芸、学問、交易、航海技術、手工業などが網羅的に説明されています。その記述は、多くの先行文献を参照、または直接引用しており、18世紀最大の日本研究書であるケンペル(Engelbert Kaempfer, 1651-1716)の『日本誌(The History of Japan. 1727)』は当然として、17世紀を代表する日本研究書の一つであるカロン(François Caron, 1600 - 1673)の『日本大王国誌(Beschryvinghe van het machtigh koningryk Japan. 1645)』のほか、イエズス会士による宣教報告書なども駆使されています。

 第8巻は、ヨーロッパ諸国の東インドへの進出と商業発展の歴史を扱っており、マルコ・ポーロに始まり大航海時代において急速に発展した、この地域における東西交流の歴史を網羅的に論じています。全体の概説史だけでなく、イギリス、オランダ両国の東インド会社の起源と発展についても詳細に論じられています。こうした記述は、ヨーロッパ諸国がこの地域を「発見」し、「征服」していく歴史を描いたもので、単なる事実の叙述にとどまらず、その過程が正当化されることで、「普遍史」へと結合されるという、近代啓蒙主義的な視点が潜んだものでもあります。

 18世紀における歴史叙述のあり様を示す資料として、また直接的に、当該地域の歴史研究資料としても、大変興味深い書物です。

 第7巻、中国冒頭
第7巻、日本 冒頭
第8巻、本文冒頭 第8巻では、ポルトガル人の日本漂着と交易模索の歴史についても触れられる。
第8巻、イギリス東インド会社 冒頭 日本との交易についても短い記述がある
第8巻、オランダ東インド会社 冒頭 長崎出島における日本との交易についての記述も含まれる
刊行当時の革装丁、一部に痛みは見られるものの、年代相応のコンディション。