書籍目録

『205人の日本殉教者:教皇ピウス9世によって1867年6月7日に列福された殉教者の偉大な死に関連して: フェリペ・デ・ヘスス伝付属』

ボエロ

『205人の日本殉教者:教皇ピウス9世によって1867年6月7日に列福された殉教者の偉大な死に関連して: フェリペ・デ・ヘスス伝付属』

スペイン語(メキシコ)版 1868年 メキシコシティ刊

Boero, Père

LOS DOSCIENTOS CINCO MARTIRES DEL JAPON. RELACION DE LA GLORIOSA MUERTE DE LOS MARTIRES, BEATIFICADOS POR EL SUMO PONTIFICE PIO IX, EL DIA 7 DE JULIO DE 1867.

Mexico, J.M. Lara, 1869. <AB201949>

Donated

Edition in Spanish.

8vo(11.0 cm x 16.5 cm), pp.[1(Title.), 2], pp.[I], II-VII, pp.[3], 4-80, 18[i.e.81], 82-207, pp.[1(Title. of APÉNDICE)-3], 4-71, Modern half calf on marble boards.
テキストにシミ、やけが散見されるが全体として良好な状態。製本は後年のもの。

Information

1867年の列福者205人の殉教とフェリペ・デ・ヘススの殉教を描くメキシコで刊行された貴重文献

 本書は、1867年に列福された日本の殉教者について記したもので、1868年に刊行されたフランス語版から翻訳されたスペイン語訳版ですが、メキシコ・シティで刊行された大変珍しい書物です。このメキシコ・スペイン語版は、補遺として、後半には日本で殉教したメキシコの聖人フェリペ・デ・ヘスース(Felipe de Jesus, 1573 0 1596)の伝記が付されており、おそらくこれは原著にはない本書だけの内容と思われます。。

 1867年の列福というのは、教皇ピウス9世によって日本での殉教者205名が列福されたもので、その中にルイス・フローレスも含まれていたのでした。なおこの列福の直後、幕末期のキリスト教弾圧として名高い「浦上四番崩れ」が起きています。

 メキシコの偉大な聖人としてのフェリペ・デ・へスースは、裕福な両親の希望に沿ってフランシスコ会修道院に入りますが、間も無く脱会。その後商人として貿易活動に従事していましたが、マニラで再びフランシスコ会士となり、サン・フェリぺ号でメキシコに戻る途中に船が難破し、日本の土佐に漂着しました。その際秀吉による積荷没収と処刑の可能性が伝えられたことに対して、スペインの日本に対する領土的野心をほのめかす発言があったと伝えられたため、秀吉が激怒し、フェリペ・デ・へスースを含むフランシスコ会士らが捉えられ、26人が処刑されるといういわゆる26聖人の殉教事件が起きました。フェリペ・デ・ヘスースはメキシコの聖人として非常に人気が高く、古くから多くの伝記が刊行されており、こうした人気の高さを背景にして、本書はボエロの著作のスペイン語訳だけでなく、補遺として彼の伝記を付け加えたものと思われます。