書籍目録

『1910年日英博覧会:芸術部門目録』(付属:日英博覧会会場写真帳)

ファウラー(序文)

『1910年日英博覧会:芸術部門目録』(付属:日英博覧会会場写真帳)

Birdsall and Sonによる特装本 1910年 ロンドン刊

Fowler, Walter (preface).

JAPAN-BRITISH EXHIBITION, 1910. Shepherd’s Bush, LONDON: FINE ARTS CATALOGUE. PART I.-BRITISH SECTION, PART II.-JAPANESE SECTION.

London, (Printed by) Bemrose & Sons Limited, 1910. <AB201938>

Sold

12.0 cm x 18.5 cm, 2 leaves, original title cover leaf, 3 leaves(a clipping of the review article on the Exhibition pasted on), pp.[I(Title.),ii(Contents.)], a folded plan, pp. iii-xvi, 1-203, 3 leaves, Photograph leaves: [50], Contemporary three-quarter calf on cloth boards.(bound by Birdsall and Son for 6th Duke of Portland)
見返しに第6代ポートランド公爵の蔵書票あり。Birdsall and Sonによる特別装丁。付属品として、日本の提灯を模した折り込み写真帖の土産品あり。

Information

日英博覧会におけるイギリスからの展示芸術作品に焦点を当てた珍しい書物

 本書は、1910年にロンドン郊外で開催された日英博覧会((japan-British Exhibition)における「芸術(Fine Art)部門」の総合目録で、極めて上質な用紙に美しい活字で印刷されていることが印象的な書物です。本書は、第6代ポートランド公爵の蔵書票が付された旧蔵書で、19世紀半ばから20世紀半ばにかけてイギリスを代表する製本工房であったBirdsall and Sonによって製本されており、書物としての気品を感じさせる一冊となっています。本書冒頭には、ポートランド公爵が貼り付けたと思われる、当時の日英博覧会の芸術部門のイギリスからの出展作品について論じた新聞(雑誌)記事の切り抜きがあり、当時の反響を知ることができる興味深いものです。

 日英博覧会とは、1910年にイギリスと日本の二国間で開催された相互博覧会のことです。日英同盟による当時の両国の関係を背景に企画され、開催直前にイギリス国王エドワード7世が崩御した影響を受けながらも、ロンドン西部のホワイト・シティの広大な敷地を用いた会場には5ヶ月間の開催期間中に約800万人を越える人々が訪れたと言われています。日英博覧会は、民間のイベント興行師であるキラルフィーが興行主であったことから、厳密には両国公式の博覧会とは言えませんが、少なくとも日本側については、日英関係の強化を強く望んでいた外務大臣小村寿太郎の要請もあり、国家政策として大規模な出展を行いました。明治以降の近代化の一つの到達点として、世界に名だたる大英帝国に肩を並べた近代国家日本を、イギリスはもとより世界に広く知らしめるという自負心もあって、日本が相当な熱意をもってこの博覧会に臨んでいたことは、『1910年ロンドン開催日英博覧会公式報告書(Offical Report of the Japan British Exhibition 190 at the Great White City Shepherd’s buxh, London. 1911)』に代表される大部の書籍が刊行されたことからも伺えます。

 日英博覧会は、日本からの展示が中心だったため、実質的には「日本博覧会」だったのではないかという見方もあるほどです。そのことを反映して、日英博覧会に関連した出版物の多くは日本展示に焦点を当てており、イギリス側がどのような展示を、どのような姿勢で行っていたのかについてはあまり知られることがありませんでした。本書は、こうした日英博覧会関連の出版物の中では珍しく、イギリスの芸術(Fine Art)部門展示に主な焦点を当てているものです。

 本書は、英国の部と日本の部との2部構成となっていますが、全203ページのうち実に143ページまでが英国の部となっていて、英国の部が中心に扱われていることがわかります。イギリスが出展した絵画作品を写した写真図版も50枚(両面で100作品)収録されています。英国の部門はさらに、イギリスを代表する伝統芸術と、存命作家による現代芸術、水彩画、油彩画、彫像などと細かく別れています。芸術部門の責任者であった風景画家ファウラー(Walter Fowler, 1857 - 1930)による序文によりますと、伝統芸術部門には、日英博覧会開催直前に逝去した英国王エドワード7世の好意によって貸し出された絵画作品が多数含まれており、これらは本書の中でも独立して特別の賛辞とともに紹介されています。エドワード7世コレクションから展示された絵画の中では、デヴィス(William Arthur Devis, 1762 - 1822)による油彩画『ネルソン提督の死(The Death of Nelson)」が白眉として取り上げられています。また、エドワード7世以外からも多くの絵画作品の貸し出しを受けることができたようで、作品名とともに提供者の名前も本書には掲載されており、日英博覧会のイギリス側出展に関係した人物をたどることができるようになっています。現代芸術部門は、存命作家による作品を扱っており、その出展に際しては、作家自身の応募を基本としたとあります。結果的に、イギリスによる芸術部門の出品は約1400点にも上っており、少なくともこの部門にかけるイギリス側の熱意が決して低いものではなかったことが伺えます。

 後半の日本の部については、226点の古今の作品が掲載されており、序文において特に伝統芸術作品については、これまで日本国内であってもこれだけの逸品を一堂に介して観覧できる機会はかつてなかったと賞賛されています。英国の部と同様に、日本の部でも作品名と作家名を記して列挙されていますが、英国の部のような作品の写真は掲載されていません。これは、日本からの芸術部門の出品目録については、当時の日本を代表する美術出版社の一つであった審美書院から『日英博覧会出典日本芸術作品の写真入り目録:現代芸術の部、伝統芸術の部(An Illustrated Catalogue of Japanese Old / Modern Fine Arts displayed at the Japan-British Exhibition. 2 vols. 1910)』が刊行されており、この本によってほとんどの作品の詳細を豊富な写真とともに見ることができたことによるものと思われます。おそらく、本書は、この審美書院による出版物を意識して、イギリスの側でも自国出展の作品を中心とした出版物を作成することを目的に刊行されたのではないかと思われます。

 日英博覧会については、その評価、意義をめぐって様々な議論、研究がこれまでなされてきましたが、主に日本の出展内容や、その意図、反響を中心的な主題としており、本書が扱っているようなイギリス側の出展内容や、関係者に焦点を当てたものは少ないのではないかと思われます。その意味では、日英博覧会を今後より立体的に考察する上で、イギリスの芸術部門を中心に取り上げた本書は、大変ユニークな存在と言えます。また、上述のように、本書は第6代ポートランド公爵の旧蔵書として、美しい製本が施されていることから、本書、ひいては日英博覧会における芸術展示が、イギリスの貴族階級に当時どのように受容されていたのかを間接的に示している点でも、大変興味深い資料と言えます。

 なお、本書には、日英博覧会の会場で配布されていたと思われる、折りたたみの写真帳が付属しています。これは、日本の提灯を模した形状の厚紙をカバーにして、日英博覧会の代表的な会場の建物を写した12枚の写真が連なった紙片を収めたもので、これもまた、日英博覧会に際して作成された印刷物の多様性を異なる角度から物語る興味深い土産品です。

19世紀半ばから20世紀半ばにかけてイギリスを代表する製本工房であったBirdsall and Sonによる美しい製本。
  • 第6代ポートランド公爵の蔵書票が付されている。見返し部分も美しいマーブル紙が用いられている。
  • 製本工房Birdsall and Sonによる製本であることを示す紙片が綴じ込まれている。
本来の表紙部分も内部に綴じ込まれている。
タイトルページ前の余白ページに、日英博覧会開催当時のイギリス芸術展示部門についての批評記事の切り抜きが貼り付けられている。
タイトルページ。
目次。
芸術部門の会場レイアウトを描いた折り込み図。
作品を写した写真図版は全てイギリスの出展作品絵画。
英国の部冒頭
英国の部の末尾には索引がある。
日本の部冒頭。
日英博覧会の会場で配布されていたと思われる、折りたたみの写真帳が付属