書籍目録

『米國男女書生気質』

河上翠陵(清)

『米國男女書生気質』

1903年 東京刊

Kawakami, K(arl). K(iyoshi).

The Social Life OF American University Students.

東京市, 言文社, 明治36年. <AB20192>

Sold

10.5 cm x 14.2 cm, Title., pp.1-2, 1-3, 1-181, 3 leaves(colophon, advertisements), Original paper wrappers.

Information

異色の国際ジャーナリストとして活躍した河上清による明治アメリカ留学案内

 本書は、萬朝報の論説委員を務めた後、1901年単身渡米し、以後はアメリカのジャーナリズム界の中枢で活躍し続けたという異色の明治生まれの言論人である河上清が、自身の留学経験をもとに、アメリカの大学事情や学生生活の様子、収入を得る手段、必要とされる学力といった、留学に関する実践的な情報を日本語で紹介するという大変ユニークな書物です。『米國男女書生気質』という表題は、坪内逍遥の『当世書生気質』(1886年)にあやかったものと思われますが、内容は小説というよりも、明治期のアメリカへの留学案内と言えるものです。

 河上清は、米沢藩の下級士族の子として生まれ、会津戦争で没落した生家の生計を苦心して支えていた家族の援助を受けて(本書冒頭には家族に対する献辞があります)東京に学びながら執筆活動を開始、瞬く間に頭角を表し萬朝報論説委員に抜擢されます。キリスト教社会主義の強い影響を受けて言論活動を勢力的に展開(彼がアメリカで用いたミドルネームKarlはカール・マルクスに由来)しますが、社会民主党の解散命令を受けて日本での活動を休止して、1901年に単身渡米します。アメリカではアイオワ大学政治学部で学びながら、萬朝報にも寄稿を続け、完成させた修士論文『現代日本の政治思想(The Political Ideas of Modern Japan. 1903)は、極めて高い評価を受け、アイオワ大学出版会から単行本として刊行されています。アイオワ大学修了後は、ウィスコンシン大学へと移って経済学を学び始めますが、ここで体調を崩して、1903年にシアトルへと療養のために移ることを余儀なくされます。本書は、この療養期に入る直前にかけて編纂されたものです。

 河上によりますと、アメリカでの極めて多忙な学生生活を送る中で、繰り返しアメリカへの留学についての相談や質問を受けることがあり、いちいち個別に回答する余裕がないので、こうした形で書物にまとめて世に紹介することにした、という本書刊行の経緯があったようです。当時アメリカの大学に渡って学を修めることは官費留学生ならいざ知らず、河上のように個人で渡米した人物にとっては、経済的にも社会生活を営む上でも、そして何より学問的に大変な苦労があったものと思われます。本書では、こうした苦労を経験してきた河上ならではの、当時のアメリカの大学事情や学生生活の様子、生活の糧を得るための手段、必要とされる学力といった、当時の若者がアメリカへの留学を検討するにあたって極めて有用と思われる情報が惜しみなく披露されていて、大いに役立ったものと思われます。また、現在の私たちの視点から見ても、当時のアメリカでの留学生活がどのようなものであったのかを垣間見ることができる大変興味深い内容となっています。本書の内容を目次に沿って記しますと、

・食堂の光景(小説仕立ての学生の会話編で、当時のアメリカの学生の関心、気質などを紹介)
・卒業生倶楽部
・女学生の意中
・コーエド(Co-ed)(男女共学Co-educationについてアメリカ西部と東部の違い、日本との違いなど)
・接待(アメリカの学生生活につきもののパーティーの様子)
・日曜日
・郊外の一日
・賭博
・フラターニティ(Fraternity)(裕福な男子学生が結成する会員限定社交協会)
・ソロリティ(Sorority)(裕福な女子学生が結成する会員限定社交協会)
・大学生と政治運動

付録:如何にして渡米すべきか
・スクールボーイ(下宿)
・中部及び東部にての働き口
・料理人
・種々の働き口
・渡米の準備
・渡米者の学力
・自給学生の第一に心得るべき事共
・衣服に関する注意
・永住の策をたてよ

 といった具合です。前半は、実践的な情報だけでなく、実際の学生生活の様々な場面を時に会話編を交えながら、生き生きと描くもので、読み手にとって当時のアメリカの学生生活の様子をリアリティをもって知ることができるようになっています。一部の記事は河上が当時所属していた萬朝報に掲載された記事をベースにしているものもあるようですが、いずれの記事も本書のために手直しがなされています。後半の「附録」は、より実践的で具体的なハウツー的な内容となっており、河上が多くの人から同様の質問を寄せられたことを受けて、記されたものです。

 このように、本書は明治のアメリカ留学を志す若者にとって極めて有用な情報を提供したユニークな書物ですが、現代の私たちにとっても、当時の留学事情を知ることができる大変興味深い資料です。ハウツー本として華奢なつくりの書物として刊行されたこともあって、現存数は多くないようですが、明治期に単身渡米して当地でジャーナリストとして大成した稀有な人物による本書は、単なるハウツー本を超えた魅力ある文献と思われます。