書籍目録

『音楽と健康』

ヴェセリウス

『音楽と健康』

1918年 ニューヨーク刊

Vescelius, Eva Augusta.

MUSIC AND HEALTH.

New York, The GOODYEAR BOOK SHOP, 1918. <AB2018123>

Sold

15.3 cm x 23.0 cm, Title, pp.[1], 2-26, Original cloth with dust wrappers.
ところどころ書き込みあり。関連するポドルスキーによる新聞記事付属。

Information

「1895年(明治28)年以降、特に30年代後半からは徳育のための音楽ではなく、音楽に独自の美的価値を認めるような音楽美学的主張が増加するようになり、これが徐々に音楽論の主軸を担っていくようになる。この流れに連動するように、明治30年代後半になると、音楽の効能に関する議論の場も徐々に音楽関連外に移行していくことになる。そして、同時期から、症例及び理論の紹介に留まらず、さらに実際の音楽療法実践に目が向いていくことになる。
(中略)
 新聞及び、雑誌記事を検索してみると、1902(明治35)年にアメリカにおける音楽療法実践の内容が、日本に紹介されていることが分かった。その内容は以下の通りである。


 病院の入院患者に音楽を聞かしめんとするの目的を以て、此程、米国ニウ、ヨークに病院音楽協会なるものを設立せらりたりという。発起人はヴエセリヤス嬢という婦人なるが、この嬢は有名の音楽家にして、深く患者の治療に於ける音楽の偉功を信じ、将来は何処の病院にても必ず音楽隊を備え置くの時代来るべしと講じ居る由。また右協会の会員は、みな音楽家にて、無報酬をもって諸所の病院に赴き、奏楽をなす筈なりとす。
(著者未詳「病院に於ける音楽」『東京市養育院月報』第14巻、1902年、8-9頁)


 ここで紹介されているヴエセリヤス嬢とは、エヴァ・ヴェセリウス Eva Bescelius (?-1917)のことである。ヴェセリウスは、全米で初めての本格的な音楽療法団体「全ニューヨーク療法協会」を設立した音楽家として知られている。全ニューヨーク療法協会は、実質1903年から始動しているが、『東京市養育月報』のように、始動の前年に既に日本において、同会のことが紹介されているのは驚きである。
 さて、20世紀初めよりアメリカでは、団体としての組織的な音楽療法活動が盛んになるが、その先駆けは各種病院で行われた慰問演奏活動にあった。ヴェセリウスが1918年に著した論文「音楽と健康」では、音楽を治療の手段として考え、薬と同じ原理で病気に音楽を処方することを提案している。ここに見られる音楽を処方箋のように用いる考え方は、その後、エドワード・ポドルスキー Edward Podolsky (1902-1965)の提示する「音楽処方」に受け継がれ、精神疾患ももちろん含まれるものの、呼吸器系統及び循環器系統など、身体への治療に対しても音楽は積極的に用いられるようになっていく。そして、この両軸の思想が20世紀前期アメリカにおける音楽療法の主流思想を形成していくのである。
 さらに、「音楽と健康」では、それまでの西洋音楽療法の歴史について概略的に紹介するほか、各症例に対して有効な調性やリズム、メロディーの検討や、既存曲における応用方法の提案が行われており、かなり具体的な音楽療法の方法論がこの段階から提示されていることが分かる。協会組織の紹介からも分かるように、アメリカの音楽療法動向について、同時期に近い状態で日本にもその情報が入ってきていたことは大変興味深い。」

(光平有希『「いやし」としての音楽 江戸期・明治期の日本音楽療法思想史』臨川書店、2018年、155-157頁より)