書籍目録

『日本での(外国人)旅行者のためのガイドブック』

喜賓会 (弘岡幸作)

『日本での(外国人)旅行者のためのガイドブック』

第3版 1907年 東京刊

The Welcome Society (KIHIN KAI).

A Guide-Book FOR TOURITS IN JAPAN.

Tokyo, 東京印刷株式會社, 1907 (明治三十八年四月二十四日 初版発行、三十九年五月三十一日 貳版増訂発行、四十年六月二十八日 三版増訂印刷、七月一日発行). <AB201893>

Sold

Third edition.

10.2 cm x 17.3 cm, 3 leaves (Advertisements), Title, 2 leaves (Notes, Preface), pp. [i], ii-xxxix, [1], 2-217, 1 leaf (Colophon), 15 leaves (Advertisements), with a folded map, Original pictorial card boards.

Information

 このガイドブックを発行していた喜賓会(Welcome Society of Japan)とは、1893(明治26)年に、東京商業会議所の初代会頭であった渋沢栄一、三井物産の設立と三井財閥の近代化に大きく貢献した益田孝、貴族院議長であった蜂須賀茂韶らによって設立された非営利組織で、主に来日外国人に対する様々な便宜を図ることをその主たる目的としていました。明治日本における最初の来日観光客を対象とした組織であり、今で言うところの「インバウンド」について初めて対応した日本における、観光組織の原点とも言える存在です。現代の日本交通公社の前身であるジャパン・ツーリスト・ビューロー(1912年設立)が設立されるまで、増加する来日外国人観光客の対応を手探りながら一手に担っていました。

 喜賓会は、その目的として、
①外国人来日観光客を対象とした旅館(ホテル)の設備改善の勧告、
②外国人来日観光客を対象とした案内業者(開誘社、東洋通弁協会などの通訳団体など)の質的管理、斡旋、
③観光施設(ここには公共建築物や各種学校、工場なども含まれています)観覧に際しての便宜提供、
④外国人来日観光客と日本各界における重要人物との交流促進、紹介、
⑤ガイドブックとガイドマップの刊行、
を掲げて活動を行なっていました。

 このガイドブックは、言うまでもなく上記の⑤にあたるものとして作成されたものです。

 喜賓会が発行した出版物の全貌は、今なお不明となっていますが、大別すると、①地図(ガイドマップ)、②ガイドブック、③旅行日程の手引書、④その他、に分類することができると思われます。この中で最も中心をなすのが、①のが地図で、その「補遺」として②のガイドブックや、③の旅行日程の手引書が刊行されていたようです。また、フランス語をはじめとして英語以外の欧米言語にも翻訳されたようですが、詳細は不明のようです。店主が確認できた限りの喜賓会出版物に関する書誌情報をまとめますと、下記のようになります。

①地図(ガイドマップ)
1) Map of Japan for Tourits. (1897)
2) Welcome Folio Containing Map of Japan. 2nd ed. (1899)
3) Welcome Folio Containing Map of Japan. 3rd ed. (1901)
4) The Latest Map of Japan for Travellers. 4th rev. ed. (1901)
5) The Latest Map of Japan, for Travellers. 5th rev. ed. (1905)
6) The Latest Map of Japan, for Travellers. [6th ed.] (1906)
7) The Latest Map of Japan, for Travellers. [7th ed.] (1908)
8) The Latest Map of Japan, for Travellers. [8th ed.] (1908)
9) The Latest Map of Japan, for Travellers. 9th rev. ed. (1911)
10) The Latest Map of Japan, for Travellers. [10th ed.) (1912)
11) The Latest Map of Japan, for Travellers. [11th ed.] (1913)

*上記の多くは弊店ホームページ上でも紹介。

②ガイドブック
1) The Japan Guide: Supplement to the Welcome Folio. (1897)
2) The Fifth National Industrial Exhibition of 1903 and a Short Guide-Book of Japan. (1903)
3) A Short Guide-Book for Tourists in Japan. (1905)
4) Guide-Book for Tourists in Japan. 2nd rev. ed. (1906)
5) A Guide-Book for Tourists in Japan. 3rd rev. ed. (1907)(本書)
6) A Guide-Book for Tourists in Japan. 4th rev. ed. (1908)
7) A Guide-Book for Tourists in Japan. 5th rev. ed. (1910)

③旅行日程の手引書
初版、第2版にあたる書誌を店主は確認できず。
3) Itineraries for Travelling in Japan. [3rd ed. ?] (1905)
4) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 4th ed. (1906) 
5) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 5th ed. (1907)
6) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 6th ed. (1907)
7) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 7th ed. (1909)
8) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 8th ed. (1910)

④その他(英語以外への翻訳版含む)
1) Nouvelle carte du Japon à l'usage des voyageurs 5.éd. (1905)(地図第5版の仏訳)
2) Notes utiles et itinéraires pour voyager au Japon. (1907)(手引書の仏訳)
3) Manchuria, Korea, Formosa and Saghalien. (滿韓臺灣樺太案内地圖). (1908)
4) The latest map of Manchuria, Korea, Formosa, and Saghalien. 2nd ed. (1910)
5) Latest Map of Tokyo, Yokohama, Hakone, Fukiyama, and Nikko. (1912)
6) Railway & Steamer Time and Fare Tables with Notes on Railways & c.: Supplement to the Welcome Folio. (not dated)

両表紙を広げると一枚の絵となる凝った意匠。同年代の地図と同じ人物によるものと思われる。

 本書は、上記の区分のうち②ガイドブックの第3版にあたるもので、1907年に刊行されています。冒頭の広告に続いて最初のテキストSpecial Notice to Foreign Visitors.では、当時国内で大きな問題となっていた外国人旅行者へのガイドのことに触れています。喜賓会はそれまで自身が公認したガイドを斡旋する業務も行なっていましたが、1907年1月にガイドの公認制を廃止したことを述べており、一方で信頼できるガイドの斡旋については希望があれば行うことが注意書きとして述べられています。続く序文では、このガイドブックの概要を述べており、喜賓会会員は無料で得られること、非会員は50銭であること、興味深いことに本書とともに、チェンバレンの『マレーガイドブック』を携行することを勧めています。続いて、喜賓会の概要と目的について論じており、内容は同時代に刊行されていたガイド・マップのそれと概ね同じもので、無給の篤志からなる東西文化交流の促進を目的とした非営利組織であることが強調されています。喜賓会が当時発行していた出版物とその配布場所も掲載されており、本書のほかに地図(上記② 6)にあたるもの)、地図仏訳版(上記④ 1) にあたるもの)を掲載しており、国内各地の配布場所だけでなく、上海、香港、マニラ、ロンドンといった海外配布場所が明記されています。上海では横浜に支店を設けていたことでも有名な出版社Kelly & Walshが、香港ではThomas Cook & Sonが、ロンドンでは、アジア研究書の出版で著名なKegan Paul ,Trench, Trübner & Co.が指定されていることなどは、当時の喜賓会の対外関係を知る上でも大変興味深い情報です。また、喜賓会会員が訪問することができる国内機関一覧も掲載されており、多くの大学や高等教育機関、工場などが挙げられていて、日本の近代化が著しいことを印象付けられるような機関が中心となっています。こうした諸機関は、外国人旅行者が積極的に訪問したいと通常想定されるような観光地というよりも、むしろ日本が外国人旅行者に見せたかった場所と考えることができるでしょう。

タイトルページ。
ガイドについての注意書き。
ガイドブックの概要。
序文冒頭部分。
  • 当時の主要役員
  • 蜂須賀茂韶と渋沢栄一の写真
当時の出版物とその配布場所。
会員が観覧することができる施設一覧。

 本文の構成は、序論、北西日本(North-Eastern Japan)、中日本(Central Japan)、南西日本(South-Western Japan)の4部構成となっています。序論では、旅行に際して必要となる気候やホテル、旅費、関税、暦、通信状況、交通網、推薦図書といった基本情報が掲載されていて、現代のガイドブックに近い内容となっています。北西日本の部では、横浜、東京を起点とした各方面へのルート案内、中日本の部では、東京から東海方面へのルート案内、名古屋から関西方面へのルート案内、京都、大阪周辺からのルート案内、南西日本の部では、神戸を中心とした各方面へのルート案内がそれぞれ紹介されています。当時の汽船の到着港が横浜、神戸であったことから、この2都市を主要な起点としたルーティングとなっているものと思われています(ウラジオストック経由の場合は敦賀港入港となる旨も明記されています)。また、本書では国内各地だけでなく、台湾、朝鮮などのいわゆる「外地」の案内についても、短いながら掲載されています。加えて、巻末には旅行中に役立つと思われる、いわゆる「一言フレーズ」集が場面別に掲載されています。
 
 テキストは簡便にして要を得たもので、当時の旅行者にとって非常に有用な情報を本書は提供していたものと思われます。また、本文中には随所に写真も掲載されており、単に実用的であるだけでなく、読んでいるだけでも楽しめるような作りにもなっています。

  • 目次①
  • 目次②
  • 横濱と神戸は海外からの到着港であったため、この二都市を起点としたルーティングがなされている。
  • 鎌倉大仏など主要名所は写真とともに紹介されている。
  • 京都
  • 長崎
旅行中に役立つ簡単な会話文も掲載している。

 巻末は広告ページとなっており、ホテルや銀行、、汽船会社、百貨店、土産物屋など外国人旅行者を対象とするビジネスを行っていた各種企業の広告が掲載されており、同時代に刊行されていた地図裏面にあった広告欄と同じく、当時の「インバウンド」産業の状況を垣間見ることができる貴重な資料となっています。

主要なホテルの広告。
出版、美術関係の広告も掲載。上掲は本書でも推薦されているチェンバレンの『マレーガイドブック』などの広告。
  • 高島屋
  • 三越

 また、本書には折り込みの地図が付属しており、これは鉄道を中心とした主要交通網を明示したもので、本書を読む際に参照することで具体的な地理上のイメージをつかむことができる大変便利なものです。

付属する折り込み地図。

 喜賓会については、これまでも一定の研究の蓄積がある反面、実際の刊行物や活動がいかなるものであったのかについては、資料の不足もあり、あまり知られているとは言い難い状況にあります。近年とみに叫ばれるようになった「インバウンド」について、明治日本が手探りながらどのような活動を行なっていたのかを知ることは、現代の観光研究を行う上でも重要な示唆を与えることになるのではないかと思われます。その意味では、この地図は、確かに当時来日した外国人観光客が実際に用いた喜賓会発行ガイド地図という点で、重要な研究素材になりうるものと言えるでしょう。


「案内書及案内地図に関すること
本会は携帯に簡便にして且つ正確なる英文日本案内地図の欠乏せるを遺憾とし、明治三十年全国各地に照会して材料を蒐集し、多大の労力と注意とを払ひ一冊を編成し、之を刊行して汎く内外各地に頒布せり当時此種の地図皆無なりしを以て、本邦に於ける各英字新聞紙は我邦旅行上の好侶伴なりとし、何れも筆を揃へて此挙を激賞せり。本会は此地図を特製帙入となし、別に邦文を以て本会の組織・目的及本図刊行主意書を添へ、宮内大臣に執奏を願出で聖上皇后両陛下並に皇太子同妃両殿下に献納の光栄を得たり、此地図は時に或は仏文を以て発刊したることあるも重もに英文を以てし、断へず改訂増補に意を用ゐ版を重ぬること既に十一版の多きに達せり。本会は英文を以て第五回内国勧業博覧会及全国勝地案内書を編纂し、美麗なる風景画を挿入し、装釘亦意匠を凝らせしが、農商務省博覧会事務局は特に此案内書を買上げ、同省の招待せる来遊貴賓に進呈し、又別に清文を以て同一体裁の案内書を刊行し、清国より来賓に進呈したり。博覧会の終了するや、本会は多年の希望に係る簡便正確の英文日本案内書の刊行を必要とし、明治三十七年鋭意之が編纂に着手し、記事の体裁は彼の「ベデカー」著欧米諸国の案内書に準拠し、距離・時間より船車・宿泊等の賃金費用等に至るまで悉く網羅して、内地各方面に亘る旅行の方法を列挙し、経費の多少を比較し、沿岸航路の便否を示し、美麗なる風景図を挿入して汎く之を頒布せしが、大に内外の賞讚を博し、会務発展上多大の便宜を得たり。」
(喜賓会本部編「喜賓会解散報告書」渋沢青淵記念財団竜門社編『渋沢栄一伝記資料第25巻』所収より)