書籍目録

「将軍:日本の皇帝」

デュフロ

「将軍:日本の皇帝」

『現存するあらゆる国家の人々のさまざまな衣装を描いた版画集』からの1枚 手彩色豪華版 [1780年] パリ刊

Duflos, Pierre.

Kaogun, Empereur de Japon.

Paris, Duflos le jeune, [1780]. <AB2023195>

¥110,000

[Extracted from Recueil d’estampes représentant les grades, les rangs et les dignités suivant le costume de toutes les nations existantes. Paris: Duflos le jeune, 1780]

17.0 cm x 28.0 cm, Contemporary hand colored engraving, Skillfully flamed in modern frame.
現代の額縁に丁寧に額装された状態。[BNF: FRBNF44552618]

Information

18世紀のパリで描かれたユニークな日本の「将軍」像

 この美しい手彩色が施された人物図は、一見すると全くそうとは思えませんが、実は日本の将軍を(想像で)描いたもので、1780年にパリで刊行された世界各地の人物を描いた書物の中に収録されていた図版の一つです。

 17世紀頃からヨーロッパでは、日本の統治者である「将軍(Shogun)」(本図では誤って「Kaogun」と綴られている)について、宣教師やオランダ東インド会社関係者らの報告が出版されるにつれて、絶大な権力を持つ統治者としてのイメージが形成されていきました。その中でこうした「将軍」を描いた銅版画もごくわずかながらも製作されるようになりましたが、そのいずれもが想像に基づいて描かれています。直接に将軍の姿を観察してスケッチを残すことができた西洋人がいなかったため、想像に基づいて描くことしかできなかったことがその大きな理由ですが、その際に「異文化帝国の統治者」のイメージの源泉として援用されたのが、オスマントルコの皇帝たちでした。ヨーロッパ人にとって最も近く、かつ異文化であり続けたオスマントルコの皇帝達は、異教徒の帝国の支配者として批判的に描かれると同時に、広大な帝国を巧みに支配する優れた支配者としても表象されることが多く、フィレンツェをはじめとしてルネサンス期以降に建築されたヨーロッパ各地の宮殿や邸宅の内部の装飾画の主題として、自国やヨーロッパ各地の優れた歴代の支配者達と並んで、オスマン帝国の歴代の皇帝達が選ばれることがしばしばありました。その意味では、当時のヨーロッパの人々にとって「異文化帝国の支配者」を代表するイメージが、オスマン帝国の皇帝達であったと言えます。

 したがって、直接の視覚情報を入手し得なかった日本の「将軍」を描くに際して、こうしたオスマン帝国の皇帝達の姿を援用することは、当時の状況を鑑みると非常に自然なことであったと言えます。17世紀後半から、オスマントルコの皇帝風に描かれた日本の将軍図が製作されていることが確認できることから、この頃からそれらの図像をもとにして、当時のヨーロッパにおける「将軍」像が徐々に定着していったのではないかと思われます。こうした状況は、19世紀の初め頃から徐々に変化していき、中国(清帝国)の視覚情報を含む膨大な情報が西洋社会に流入するようになっていくと、日本の「将軍」を描くためのイメージ源は中国の皇帝へとスライドしていくことになります。その意味では、1780年に製作されたと思われる本図は、オスマン帝国の皇帝をイメージ源とした日本の「将軍」図の最後を飾る作品であると同時に、最も洗練された「将軍」像であったと言えます。

 この図を描いたのは、デュフロ(Pirre Duflos, 1742 - 1816)という版画家で、彼は世界各地の人々や支配者の姿を描いた作品を1779年から1784年にかけて『現存するあらゆる国家の人々のさまざまな衣装を描いた版画集』(Recueil d’estampes représentant les grades, les rangs et les dignités suivant le costume de toutes les nations existantes. Paris: Duflos le jeune)を刊行したことで後世に名を残しています。この作品は分売の形で少しずつ刊行が進められたということもあり、現存諸本の中でも書誌情報が合致しないようですが、全40部で刊行されたとされています。それぞれの部には6枚の図版が収録されたようで、手彩色を施さない白黒版とて彩色を施した豪華版の2種類が同時に刊行されたと言われています。本図は、1780年に刊行されたと推定されているものですが、解説のテキストなどは当初から設けられていなかったようです。同書は刊本で現存しているものが非常に少ないようで、個別の図版が流通することもそれほど多くないようですので、発行部数はそれほど多くなかったのかもしれません。

 この銅版画は、現在の視点で見ても(写実的な正確さはともあれ)、非常に丁寧で彫版と繊細な手彩色が魅力的な作品で、当時のヨーロッパの読者にも大きなインパクトを与えたであろうことが容易に推測されるものです。江戸時代にヨーロッパで描かれた知られざるユニークな「将軍」像として、非常に興味深い版画作品と言えるでしょう。