書籍目録

『おゆちゃさん』(楽譜)

ボーストウイッキ(ボストウィック) / 長谷川武次郎

『おゆちゃさん』(楽譜)

初版(平紙本)と第2版(ちりめん本)との2冊セット 1890(明治23)年 / 1893(明治26)年 東京刊

Bostwick, (Lieutenant) F. M. (U. S. Navy)

Oyuchasan

Tokyo, Kobunsha / Kelly & Walish Ltd, 1890 / 1893. <AB2023178>

¥176,000

2 vols. set (1st plain-paper edition + 2nd crepe-paper edition)

Plain-paper edition: 12.5 cm x 18.5 cm / Crepe-paper ed: 16.8 cm x 18.5 cm, Plain-paper edition: front cover, 11 folded leaves, back cover / Crepe-paper ed.: front cover, pp.[1]-3, 7 folded leaves, back cover,

Information

欧米人の「ムスメ」ブームと日本の絵師による美人画が組み合わされたハイブリッド楽譜作品

 この2冊セットのコレクションは、いずれもちりめん本の出版で一世を風靡した長谷川武次郎が出版したもので、同じ表題ながらも全く挿絵の異なる平紙本とちりめん本とが揃った大変珍しいものです。タイトルとなっている「おゆちゃさん」というのは、いずれの作品でも主題として描かれている日本の女性のことを指していて、著者であるアメリカ海軍中尉ボストウィック(Lieutenant F. M. Bostwick, US Navy)が憧れていた女性(実在していたのか想像上の人物であるのかまでは不明)がこの2作品の主題となっています。

 この作品が大変興味深いのは、楽譜仕立てとなっていることで、ボストウィックによる作詞作曲の音楽作品として「おゆちゃさん」という楽曲がテキストとなっています。当時は来日した欧米人による日本女性への憧憬がある種のブームとなっていて、「ムスメ」といった日本語がそのまま各国で用いられる舞台作品や音楽作品になるほどであったことが知られており、この作品もそうしたムーブメントの中で生み出されたものだと思われます。

「「ムスメ」と聞くと、フィンセント・ファン・ゴッホが1888年に発表した肖像画 "La Mousmé" を想起することも多かろう。浮世絵などの日本画壇に多大な関心を寄せていたゴッホが、「娘」という言葉を知ったのはピエール・ロティの著作からと言われている。ロティは、1885ねんと1890〜1891年の2度にわたって来日し、その経験を基に小説『お菊さん』(1887)を執筆した。同時代のフランスで広く読まれてたロティ作品には、「ムスメ(娘)」という言葉が多く用いられる。ジャポニスム先駆け時代のフランスでは、ロティ作品を中心に、美しい響きを持つ「娘」の語が定着。1880年代から1900年代初めにかけてジャポニスムが勢いを増したフランス画壇・楽壇では、「娘」に着想を得た作品がいくつも生み出された。」
(光平有希『ポップなジャポニカ、五線譜に舞う:19から20世紀初頭の西洋音楽で描かれた日本』臨川書店、2022年、60ページより)

 こうした「ムスメ」ブームともいえる現象を背景にして生まれたと思われる本作には、例えば次のような(韻を踏んだ)歌詞があります。

「私は彼女を日本の華と呼ぶ、ああ日本の華
 彼女の名前、それはおゆちゃさん、ゆちゃさん
 その柔らかで細い瞳になんとも言えぬ優美さが宿る
 君にこう言おう、「彼女は「イチバン」」
 誰かが何て言うかなんて気にしない
 私はおゆちゃさんに恋してる
 「イチバン」
 「イン ジャパン」(日本で一番)
 私はおゆちゃさんに恋してる。」
(第1番歌詞)

「あなたに愛を伝えようとしてもいつも空振り(in vain)
 空振りIin vain)
 私の言葉はきっとうまく伝わらない (not plain)
 伝わらない (Not plain)
 愛を伝えようとすると彼女はいつもこう言うんだ
 「ゴメンナサイ、ワタクシ、ワカリマセン」
 (でも誰かが何て言うかなんて)気にしない。(コーラス)」
 (第6番歌詞より)

 欧米各国でに白人男性による「ムスメ」ブームを背景にして生み出された多くの作品は、いわゆるオリエンタリズムに基づいていており、その憧憬の中に様々な差別的な視点が潜んでいることは明らかですが、その中でもこの作品が特異なのは、「ムスメ」ブームの典型例とも言えそうなボスとウィックの歌詞に、日本の絵師による挿絵が組み合わされていることです。つまり、「おゆちゃさん」は、アメリカの海軍士官による「ムスメ」への憧憬と明治期の日本の絵師による美人画という、東西の眼差しが不思議な形で組み合わされたある種のハイブリッド作品となっているとも言えます。絵師の名前は奥付けには明記されていませんが、少なくとも第2版(ちりめん本に)ついては、作品中の落款やちりめん本表紙右下に見られる Baison という表記から、岡田楳邨(岡田梅村とも)が絵師であると思われます。作品中では、ボストウィックの詩に応じて、おゆちゃさんや日本の風景、花鳥を鮮やかに描かれており、同時代の美人画作品としても優れたものとみなしうるのではないかと思われます。

 この作品は、非常に好評を博したようで特にちりめん本として刊行された第2版は、その後何度か再版されるほどの売れ行きを見せています。今では「おゆちゃさん」と言えばこのちりめん本版が一般的に知られていますが、それに先立って平紙本として初版が刊行されていたことはあまり知られておらず、また両者の挿絵が全く異なっていることやその理由などもほとんど知られていないものと思われます。岡田楳邨が長谷川武次郎に協力した背景や、それ以外の作品の有無など、出版史の点でもこの作品は解明すべき疑問点が多々残されています。西洋人による「ムスメ」ブームと、明治の日本の絵師による美人画とが組み合わされた興味深いハイブリッド作品である「おゆちゃさん」は、様々な角度から再検討、再評価がなされるべき作品ではないでしょうか。なお、ボストウィックは「おゆちゃさん」に続いて「こはなさん」というちりめん本作品を長谷川武次郎の元で手掛けており、この作品との比較検討というのも改めてなされるべき課題でしょう。

「本書は『於ゆちゃさん』という日本人女性をテーマにして作られた歌の本です。冒頭には3頁にわたる楽譜が掲載されており、そこに作曲者としてアメリカ海軍大尉のF.M.ボストウィックという名前があります。また、本書の奥付には「著者あめりか人ぼすとういき」と書かれているため、作曲だけでなく、詩の作者も彼であると見なすことが出来ます。
 この楽譜はヘ長調4分の3拍子のリズムですが、琴や三弦の楽譜も付けられており、作者が発行人である長谷川武次郎をはじめ、多くの日本人の協力を得て作ったものと考えられます。独唱と合唱ができる形になっていることから、日本に滞在した外国人たちが仲間の集いで歌ったことも推測されます。
 楽譜の後には、その歌詞と共に詩の内容に合わせた於ゆちゃさんの振る舞いや日本の風景、植物、鳥などの美しい挿絵が描かれています。」
(『京都府立図書館・京都外国語大学附属図書館共催稀覯書展示会:昔話はCrepeにのせて−ちりめん本のせかい− 展示目録』2023年、29ページより)