書籍目録

『破吉利支丹』

鈴木正三

『破吉利支丹』

寛文2年(1662年) [京都刊]

<AB2023158>

Sold

18.2 cm x 25.5 cm, 19丁, 題簽あり、保存用の秩付属。((妙心寺)蟠桃院の蔵書印あり。

Information

島原・天草一揆の後の復興政策において活用された「排耶書」の代表的著作、前田玄以創設の妙心寺蟠桃院の旧蔵書

ただいま解題準備中です。今しばらくお待ちくださいませ。

『破切支丹』は、代官鈴木重成の実兄で曹洞宗僧である正山が著した排耶書。島原・天草一揆の後、鈴木代官による天草復興政策の一つとして、キリシタン根絶のため仏教の再教化が行われた。重成は正三に助力を求め、幕府に対して郡内に社寺領三万石の下付を主眼し仏寺32寺を創建・復興し、『破切支丹』を著して各寺に配布したといわれている。正三の天草来島は、『石平道人行業記』によると寛永19年(1642)から正保2年(1645)までと慶安元年(1648)から翌年までの2回とされており、『破切支丹』は第1回目来当時の頃に成立したといわれている。しかし、天草の寺院から『破切支丹』は未発見であり、現存するものは正三没後、京都で寛文2年(1662)出版されたものの求版で、山本平左衛門の刊本である。」(『天草市立キリシタン館 常設展時図録』2022年、資料61・62解説より)

「鈴木正三の著した反キリスト教書。
鈴木正三(1579-1655)は三河国足助出身の仏教僧侶。号は石平道人。関ケ原の戦いに二度とも出陣。1620(元和6)年に出家。故郷近くの石平山中に居住していたが、1637(寛永14)年、天草一揆が起こると鎮圧のため実弟鈴木重成が派遣された。重成は平定後初代天草代官に就く。正三は一揆の一因をキリスト教によるものとみて、多くの仏寺の建立を勧告、みずから天草に三年間居住して、キリスト教批判の本書『破吉利支丹』を著し各寺に備えさせた。刊行は1662(寛文2)年。まもなく刊行された浅井了意の『鬼利至端破却論伝』にも収録され、『破提宇子』とならび、江戸時代のキリスト教批判の代表的書物となる。正三には、ほかに『驢鞍橋』、『四民日用』、『二人比丘尼色懺悔』などの著作もあり、仏教にもとづく職業倫理は注目を浴びている。」
(『立教大学海老沢有道文庫デジタルライブラリ』解説よりhttps://library.rikkyo.ac.jp/digitallibrary/ebisawa/sub015.html)