書籍目録

『地理学新体系:ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカのあらゆる国々と王国の個別、詳細な記録を含む世界の包括的記述』

フェニング / コリエ

『地理学新体系:ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカのあらゆる国々と王国の個別、詳細な記録を含む世界の包括的記述』

初版 全2巻(揃い) 1764年 ロンドン刊

Fenning, D. / Collier, J […et al].

A NEW SYSTEM OF GEOGRAPHY: OR, A General Description of the World. CONTAINING A Particular and Circumstantial ACCOUNT of all the COUNTRIES, KINGDOMS, and STATES of EUROPE, ASIA, AFRICA, and AMERICA….

London, (Printed for ) S. Crowder (and sold by) Mr. Jackson…and all other Booksellers in Great Britain and Ireland, M DCC LXIV.(1764). <AB2023027>

Sold

First edition.

2 vols.(complete), Folio (23.0 cm x 36.0 cm), Vol.1: Front., pp.[1(Title.), 2(blank), 3-4(preface)], 1 world map, pp.[I]-ii-xxxviii, xxxivii(i.e. xxxviii), 3 leaves(Names of the subscribers), pp.[5], 6-282, [NO LACKING PAGES], pp.285-518, 119(i.e.519), 4 leaves(index), (mostly folded) Maps: [8], Pla, Plates: [13]. / Vol.2: Front., pp.[1(Title.), 2(blank), 3], 4-784, 9 leaves(index, last 2 leaves detached & damaged) Maps: [20] , Plates: [16] Contemporary full leather, both hinges are weakened. The labels indicating vol. number are mislabeled.
刊行当時のものと思われる製本のヒンジ部分に痛みが見られるが、本体は概ね良好な状態。第2巻末の索引の最後2葉が本体から外れており、端部に傷みが見られる。 背表紙ラベルの巻号表示が誤って貼られている。[ESTC: T149482]

Information

多くの地図、図版を添えてアジア全域の国々の地理と歴史、各地の人々の特徴や文化、風俗、風土、産出物などについて網羅的に論じた「アジア大観」としても読解できる世界地理学書

 本書はフォリオ判全2巻で構成されている大部の著作で、18世紀半ばのヨーロッパ(特にイギリスを中心とした英語圏)における世界地理についての最新情報を纏め上げた作品です。特に第1巻は日本や中国を筆頭として、アジア全域の国々の地理と歴史、各地の人々の特徴や文化、風俗、風土、産出物などについて網羅的、かつ非常に詳細な叙述がなされており、18世紀半ばのヨーロッパにおける「アジア大観」の趣がある内容となっています。多くの図版や地図を備えていることも本書の大きな特徴で、本書を紐解くことによって当時のヨーロッパにおける標準的な日本観、アジア観を知ることができる作品と言えます。

 本書は第1巻でアジアとアフリカを、第2巻でヨーロッパとアメリカ(と一部オセアニア)を扱う構成となっており、全2巻で、そのタイトルが示す通り「あらゆる国々の包括的な記録」となるべく執筆されています。著者の経歴詳細については定かではありませんが、序文や本書全体のテキストから推察する限りでは、相当の学識を備えた人物らであることは間違いないと思われます。

 著者らはその序文において、世界各地の地理や人々のことをを理解する意義として、自身の視野を広げ、その偏見を取り除くことに大いに資することを挙げています。また、世界の国々の異なる気候、文化、風習、宗教を理解することによって、我々(著者とその読者)が享受している宗教的、市民的自由にとって、教育と諸科学の隆盛、そして聖なる宗教の純粋性がどれほど重要であるかを改めて確認することができるとしています。こうした序文の論調からは、「啓蒙の世紀」たる18世紀ヨーロッパ特有の態度が顕著に見て取れますが、西洋外の世界を「驚異」や「奇怪」の対象として見るのではなく、自身の視野を広げ、偏見を取り除くために、世界の(地理的)全体像を把握するのだという著者の言葉は今なお一定の説得力もあるように聞こえます。この短い序文に続いては「導入」(Introducction)が設けられていて、ここでは本書全体の理解の基礎となる学問としての地理学体系についての簡易な解説がなされています。

 本書はアジアからその記述が始められていますが、著者はその理由として、人類の文明が最初に持たされた地であることを特に強調して、聖書の世界観に基づきつつもアジアの重要性を読者に強く訴えかけています。その上で、アジアに存する主要な四カ国を太陽の登る東から順に挙げると、「日本」(Japan)、「中国」(China)、「ムガール帝国」(the empireof the Great Mogul)、「ペルシャ」(Perisia)となると述べ、これに「トルコ」(Turkey)と「ロシア」(Russia)のアジア部を加えても良いだろうとしています。著者によると、こうした主要国以外のアジア地域の大陸にある国々は下記の26国(地域)であるとされています。

1. Corea
2. Sammardand
3. Beca, in Great Tartary
4. Kalghar
5. Great Tibet
6. Little Tibet
7. Nanyu
8. Neckbat
9. Barantola or Lassa
10. Cochinchina
11. Jaos, in the penisula on the other sidde the Ganges
12. Tonquin
13. Siam
14. Aracham
15. Acham
16. Cochin, on the penisula of India on this side the Ganges
17. Pegu, or Ava
18. Camboya
19. Calicut
20. Bisnagar
21. Golconda
22. Vizapor
23. Mingrelia
24. Imeretta
25. Sarta
26. Yemen, in Arabia

また、著者はこのほかにアジア地域の島嶼部には下記の7つの国々があるとしています。

1. Macasser
2. Ternate, in the Molucca islands
3. Borneo
4. Materan
5. Achem, in the island of Smatra
6. Candy, in the ilse of Ceylon
7. the Maldivia islands

さらにヨーロッパ人によって支配されている地域として下記の6地域を挙げています。
1. the Spaniards in the Philippine islands
2. the Dutch at Batavia in the isle of Java, the Spice Islands, Celebes or Macasser, and on the coast of the isle of Ceylon, &c.
3. the Portuguese in Goa, and other coasts of India
4. the English settlements at Fort St. George, Bombay, &c.
5. the French at Pondicherry,&c.
6. the Danes at Tranquebar and Danesburg, on the coast of Coromandel, &c.

本書におけるアジア部の叙述は、上記のような著者の分類に基づくアジア地域の構成に従いつつ、下記の順で進められています。

*冒頭にアジア全体の折り込み図あり。
1. 日本帝国(The empire of Japan) (pp.6-25)*図版あり
2. 中国(China) (pp.26-65)*折り込み地図と図版あり
3. 朝鮮(Korea)(pp.65-68)
4. 東韃靼、あるいは満州(Eastern Tartary, or the Contry of the Manchews) (pp.69-72)
5. モンゴル(Mongols and Kalkas) (pp.72-75)
6. シベリア(Siberia) (pp.76-93)
7. 万山諸島(Ladrones) (pp.93-95)
8. フィリピン(Philippines) (pp.96-105)
9. スラウェシ島(Celebes, or Macassar) (pp.105-108)
10. モルッカ、あるいはスパイス諸島 (Moluccas, or Spice islands) (pp.108-113)
11. ジャワ、ティモールならびにに近隣諸島(Java, Timor, and the neighbouring islands) (pp.113-120)
12. ボルネオ島(the island of Borneo) (pp.121-125)
13. スマトラ島(the island of Sumatra) (pp.125-132)
14. セイロン(Ceylon) (pp.132-143)
15. チベット(Tibet) (pp.143-145)
16. トンキン(Tonquin) (pp.146-151)
17. ラオス王国(the Kingdom of Lao, or Laos) (pp.151-152)
18. コーチシナとカンボジア(Cochin-China and Cambodia) (pp.153-156)
19. シャム(Siam) (pp.156-170)
20. マラッカ半島(the peninsula of Malacca) (pp.170-174)
21. アヴァ帝国(the Empire of Ava, including Pegu, Arcan, and Tipra) (pp.174-173)
22. インドスタン(Indostan)(pp.179-224)*折り込み地図と図版あり
23. モルディブ諸島(Maldivia Islands) (p.225)
24. ペルシャ(Persia) (pp.226-)*折り込み地図と図版あり
25. カスピ海と隣接する韃靼地域と北部ペルシャ(Caspian Sea, and the Asiatic Tartars bordering upon it, and the North of Persia) (pp.253-258)
26. アラビア(Arabia)(pp.258-265)*図版あり
27. アジア地域のトルコ(Turkey in Asia)(pp.265-)*折り込み地図と図版あり
28. トルコに所属するアジア地域の諸島(the Asiatic Islands subject to the Turks) (pp.301-306)

 このように本書は、世界地理の叙述において、アジアを冒頭に論じることを明確に意図した興味深い作品ですが、そのアジアの中でも日本が冒頭に置かれて叙述されています。著者によると日本は、ヨーロッパにおけるデンマークのように多くの島々で構成されているが、最も東に位置することや、非常に重要であることから、他のアジアの島々と一緒にして説明するのは相応しくなく、よってアジア部の冒頭において日本をとり扱うことにするとされており、著者が明確な叙述の配列を意識した上で日本が冒頭に置かれていることが強調されています。

 日本についての解説は下記のような全8節で構成されており、他の諸地域でも概ね同様の構成となっていることから、本書全体の論述を概観する上でも参考になります。

第1節:
日本の位置、領地の形状と広がり、沿岸部の多くの岩礁帯や急激な潮流、多くの火山と温泉、頻繁に生じる地震のことについて

第2節:
気候、土壌、産物、河川全般について、ならびに鉱物、貴石、森林、植物、花々、各種穀物について

第3節:
四足獣、鳥類、昆虫と爬虫類について

第4節:
日本の人々について:家庭で用いる衣類と外出時に用いる衣類、結婚式と葬式、人々の性格、気質、性質、人々の農業、諸芸と手工業に関する技術、より詳細な製紙、製塩、茶の愉しみ方と作法について
*「日本の結婚式」を描いているとする図版を収録

第5節:
日本の船舶、小舟と家屋について、ならびに江戸における皇帝の居城の詳細な叙述、この国が非常に多くの人口を有すること、大都市である江戸(Jedo)、京都(Miaco)、大坂(Osacca)の詳細な叙述

第6節:
その政府と分かち難く関連づけられている日本の人々の偽りの起源について、日本の歴史と法制度について、ポルトガル人の追放について、世俗の皇帝の権力と権威、ならびに内裏(Dairi)とその宮廷について、諸都市の統治において観察される日本の市民政策について、長崎(Nagasaki)における十字架踏みの儀式(the Ceremony of treading on the Crucifix)について、日本の人々の厳粛な宣誓の様式について
*「絵踏」の場面を描いているとする図版を収録

第7節:
日本の諸宗教について:特に神道(Sinto)、仏教(Budso)、哲学者たちの宗教(the Religion of the Philosopher、儒教のこと)について

第8節:
日本におけるオランダ商館の簡潔な歴史、彼らがそこに住むことを強いられている出島(Desima)と言う島の詳細な叙述、ならびにそこで彼らが日本の人々からどのように扱われているかについて、また日蘭貿易における交易品について

 上記のような構成で論じられている日本について木の記述は、ケンペル『日本誌』などの先行著作を参照しながらも、著者独自の視点からなされており、ユニークな「日本論」として読むことができる内容となっています。例えば、日本における火山について論じる際には、薩摩(Satzuma)対岸の小島の(桜島)、肥後(Figo)の阿蘇(Aso)、駿河(Seruga)の富士(Fesi)、島原(Simabra)近郊の雲仙(Unsen)などの具体的な名前を挙げつつつ、富士はテレリフェ(のテイデ山)と同じほどの高度を誇るとされているが、その形状と美しさにおいて並ぶものがないほど(素晴らしい)などとと説明されています。また火山の叙述と関連付けて、日本各地にある温泉については特筆すべきであるとして、内科、外科双方の治療において大きに効果があると述べてから、詳しく湯治の方法を説明しています。

 また、日本の気候については、日本全体で見れば概して快適で過ごしやすいが、北部は非常に寒いと述べ、四季の変化に富んでおり、冬は著しく寒いが、夏は反対に非常に暑いと説明しています。雨は年中よく降るが、特に6月と7月は「雨の月々(Water-months)」呼ばれるほどであると言って「梅雨」の存在を特筆しつつも、後述する他の東イド諸地域ほどではないとも述べ、世界各地についての情報を相対化した上でその内容を判断するという姿勢を見せています。日本の土地については、土地の大半は山や岩で覆われていて、人が住むことには困難が多いように思われるが、住民によって実によく開拓されており、その結果日本は非常に多くの人口を有していて、しかも外国との交易を必要としないだけの多くの産物が国内で収穫されているのだと述べています。

 日本の人々の性格については、個々の気質を詳細に分析しながら、宗教的には大いに偶像崇拝に蹴っているにもかかわらず、非常に優れた気質を有しており、友好的で勤勉であるとして高く評価していて、著者が概ね日本の人々に対して好意的な見解を有していたことがうかがえます。

 興味深い記述としては、長崎だけに見られる特筆すべき儀式として「絵踏」(the figure-treading)を取り上げていることで、かつてキリスト教が最も隆盛を誇った長崎では、老若男女問わずすべての住民が年始に十字架やマリア像を踏むことで、自身がキリスト教徒でないことを証明するという儀式が行われていることを詳細に論じています。さらにはその場面を(想像で)描いた図版を掲載していて、この叙述と図版は当時多くの読者の関心を惹いたようで、後年に別の複数の著作に繰り返し転載されていることが確認できます。

 日本についての叙述の末尾で著者は、出島においてオランダの人々が非常に厳格な制限下にあること具体的に論じていて、特に当地のオランダの人々がキリスト教徒であることを否定し、絵踏を行っていると言うことは疑いのない事実であるとしています。その一方で、ケンペルが、日本におけるオランダの人々はキリスト教であることそのものを否定しているのではなく、ポルトガルのそれとは異なるものであることを主張しているだけであるという反駁も紹介しています。

 こうした著者による「日本論」は、もちろん著者自身に来日経験がないことから、各種の文献から得られた情報にのみ基づいてなされた叙述ではありますが、当時のヨーロッパ(特にイギリス)における標準的な日本観として読み解くと、非常に興味深い内容であると言えます。こうした著者の叙述は日本に続く、中国以下の記述全体でも同様に踏襲されており、その意味では当時のアジア各地に対する標準的な見解が個別にまとめられた「アジア大観」のような作品として読み解くこともできるのではないかと思われます。また先に見たように、著者は当該地域のことを論じつつも類似の事例、事象がある際には他地域のことも参照しながら論じており、「世界地理学」書ならでは視点が盛り込まれていることも本書の記述の独自性と言えるでしょう。

 本書は、そのタイトルを一見しただけでは、日本や中国、アジアに関係の深い作品であることがわかりにくい作品であるためか、国内研究機関における所蔵が確認できないようですが、単なる「地理学書」の枠組みを大きく越える豊かな叙述がなされており、日本をはじめとしたアジア地域に対しても非常に多くの紙幅が咲かれた興味深い作品として、注目に値する書物ではないかと思われます。