書籍目録

『祝福されたイエズス会創立者、イグナティウス・ロヨラの生涯』

レエチッキ(文) / ルーベンス(原画) / バルベ(銅版画)

『祝福されたイエズス会創立者、イグナティウス・ロヨラの生涯』

(列聖記念決定版) 1622年 ローマ刊

[Łęczycki, Mikołaj (text) / Rubens, Peter Paul / Barbé, Jean-Baptiste].

VITA BEATI P. IGNATII LOIOLÆ SOCIETATIS IESV FVNDATORIS.

Rome, s.n, M. DC. XXII(1622). <AB2023082>

Sold

(Second(definitive) edition)

12.2 cm x 18.0 cm, Illustrated Title., Front(Portrait of Loyola), 79 numbered engraving leaves, 1 (additional) engraving leaf (complete), Contemporary parchment.
タイトルページと末尾の銅版画裏面に旧蔵機関の押印あり。第37番の銅版画の下部余白部分に欠損(おそらく製紙時当初に生じたものと思われる)が見られるが図には影響なし。

Information

ロヨラの生涯をルーベンスらが手掛けた秀逸な銅版画80枚余りで綴った作品の1622年列聖を受けて刊行された決定版

 本書はイエズス会創始者であるイグナティウス・ロヨラの生涯を81枚の図版に描いた銅版画と短いラテン語テキストで表現したユニークな作品です。ロヨラが1609年に列福された際に初版が刊行され、1622年の列聖を受けて再版された本書は、新たな図版が1枚追加されており、この作品の完成版とみなされている版です。ロヨラは生前から信仰を高めるための手段として視覚芸術の重要性を強調しており、イエズス会は16世紀末から17世紀にかけて、多くの図版を収録した多彩な書物を刊行しました。ルーベンスをはじめとして、当時のバロック芸術の最先端地であったアントワープの著名な画家たちによる力作ばかりを採用した本書は、当時のイエズス会の挿絵入り出版物を代表するような作品です。しかも本書のタイトルページ下部には、パウロ三木ら3人のイエズス会士の殉教者らを描いた図が盛り込まれているという日本関係書としても大変興味深い一冊です。

 ロヨラとイエズス会による視覚芸術の重視、積極的な活用については、近年になって再評価と新たな研究が展開されていることが指摘されており、特に16世紀以降めざましい技術的進歩を遂げつつあった銅版画を大いに用いたイエズス会による書籍出版の重要性が改めて検討されるようになってきました。本書は、全81枚からなるロヨラの生涯の象徴的な場面を描いた銅版画と、それらの場面を解説する短いラテン語(のテキストで構成されていて、イエズス会による精力的な挿絵本出版活動を象徴するような作品となっています。本書はロヨラが信仰において視覚芸術を重視していた生前の方針を、ロヨラ自身の伝記作品において表現したという非常に重要な作品ということができます。

「彼(ロヨラのこと:引用者注)は自らの住まいに宗教画の小コレクションをもち、絵画の前で祈祷し、瞑想するのが常であったと記録されている。しばしば彼は、わき上がる雲と光の中にイエスを抱く聖母の幻視を見た。彼自身の体験もあって、ロヨラは霊魂の上昇に際して、とりわけイエスと聖母マリアのイメージが宗教的霊感を鼓吹するものであることを知り、積極的に、これを修道士の修練法に用いた。とくに、惰性に堕ちた日常のなかで、画像によって、イエスと聖母の苦難や犠牲、血、涙、苦痛、歓喜などを、あたかも眼前にしたかのようにつぶさに体験することが信仰心の活性化にとって不可欠だと信じ、教会において、それらの効果的な聖画像を設置し、崇敬することをすすめていた。これはトレントの公会議第25盛会議で公布された命題と一致する。すなわち、1563年12月3日、聖遺物、聖画像の崇敬の布告が決定されているが、そこには「キリスト、マリア、聖人たちのイメージを、特に教会のなかに置き、これを崇敬すべきである」と書かれているのはすでに述べたとおりである。イグナティウス・デ・ロヨラの宗教美術館はトレントと一致していた、というよりも、トレントの聖画像重視にはイエズス会の理念が反映していたと見るべきであろう。」
(若桑みどり『聖母像の到来』青土社、2008年、83-84頁)

 このように、ロヨラによって主導されたイエズス会による視覚芸術を活用した積極的な書籍出版が進められた16世紀末は、おりしもヨーロッパで「エンブレム・ブック」と呼ばれる「題辞(モットー)、挿絵(図像)、詩文(エピグラム)の3つの要素から構成されている」(松田隆美監修編『「寓意の鏡:16・17世紀のヨーロッパの書物と挿絵」展』慶應義塾図書館、1999年、v頁)ジャンルの書籍出版が盛んに行われていた時期にあたります。寓意性に富んだ図像と、それを象徴するモットー、そして、それらをわかりやすく説きほぐす解説文によって、読者に普遍的な教訓を提供しようとするエンブレム・ブックの流行は「カバラやエジプトのヒエログリフなどの神秘的な知を探究する一方で、広範な教化をも心掛けたルネサンス精神の二面性」(前掲書)を示す現象と言われていますが、対抗宗教改革の進展の中でロヨラ、イエズス会が展開した挿絵入り書物の出版活動と本書の出版は、こうした時代背景に呼応するものでもあったと考えられます。

 本書初版はロヨラが列福された1609年にローマで刊行されていて、そこに収録されている全80枚の図版の原図作成にはバロック期のフランドル絵画の巨匠として知られるルーベンス(Peter Paul Rubens, 1577 - 1640)が深く関与していたことが知られています。この初版本は、1622年にロヨラが列聖された際に改訂が施され、列聖式の場面を描いた図版を1枚追加して全81枚の構成とした第2版が刊行されました。本書はこの決定版と目されている1622年版です。また1639年には図版を100枚にまで増補してドイツ語テキストも併記した普及版とも言えるやや小型の版がアウグスブルクで刊行されています。

 本書のテキスト部分を手掛けたのは、クラコフ等で活躍したポーランド出身の神学者、著作家のミコワイ・レエチッキ(Mikołaj Łęczycki / Nicolas Lancicius, 1574 - 1652)とイタリア出身のイエズス会士リナルディ(Filippo Rinaldi)とされています。リナルディの経歴の詳細についてはよくわかっていませんが、レエチッキは、オルガンディーニ(Niccolò Orlandini, 1553 - 1606)によって進められていたイエズス会公式年代記(Historia Societatis Iesu)の第一部(pars prima)の準備にも携わっており、この第一部はロヨラの伝記に費やされた部であることから、本書のテキスト部分を担当する人物として最適の人物であったことがうかがえます。

 1609年に刊行された本書初版は、ロヨラの列福を祝うと同時に、「次のステップ」である列聖に向けて、ロヨラに対する崇敬の念を一層促進することを目的として、イエズス会総長アクアヴィーヴァ(Claudio Acquaviva, 1543 - 1615)によって企画されており、そのためにも多くの読者に対してより直接的にロヨラの聖性を示しうるような優れた銅版画が作成される必要がありました。本書に収録された銅版画はローマで準備されてことがわかっていますが、初版刊行に向けて準備が進められていた当時、のちにバロック芸術の巨匠となる若き日のルーベンスがローマに滞在しており、彼がこの作品に収録された多くの銅版画の原画製作に従事したことは確実であろうと見られています。また、ルーベンスと同じくアントワープを拠点にして活躍した銅版画であるバルベ(Jean-Baptiste Barbé, 1578 - 1649)は、著名な版画家であったハレ(Philips Galle, 1537 - 1612)の下で修行を重ねていた際に一時滞在していたローマでルーベンスと出会い、彼と共同で作品を製作したことが知られており、本書の銅版画製作においては主導的な役割を担ったとされています。このようにアントワープにおけるバロック芸術の華々しい展開を後に主導することになるルーベンスとバルベという優れた芸術家が本書収録の銅版画製作を担っているということは、本書の大きな特徴であると言えます。
(この点については下記を参照。
John W. O’malley. Saints or Delivs Incarnate ?: Studies in Jesuit History. Leiden: Brill, 2013. Chapter 15.
Pierre Delsaerdt / Esther Van Thielen(eds.). Baroque influeners: Jesuits, Rubens, and the arts of persuation. Antwerpen: Hannibal, 2023.
Ursula König-Nordhoff. Zur Entstehungsgeschichte der Vita Beati P. Ignatii Loiòlae Sòcietatis Iesv Fundatoris Ròmae 1609 und 1622. In Archivum historicum Societatis Jesu: Periodicum Semestre. XLV-90.Rome: Peniten, 1976.)

 また、本書のタイトルページには、ロヨラだけでなく彼と共にイエズス会を創設したザビエルらや、当時のイエズス会総長といったイエズス会ゆかりの偉人が描かれていますが、その下部に日本の三人のイエズス会殉教者が描かれていることも注目すべき点でしょう。左下の石柱の台座には「IN IAPONE」と記されていて、磔刑に処せられている三人の姿が描かれており、これは明らかにいわゆる「日本二十六聖人」とよばれる1597年の秀吉によるキリシタン処刑によって犠牲になった三人の日本のイエズス会士である、パウロ三木、ディエゴ喜斎、ヨハネ五島を描いたものと考えられます。イエズス会の創立者であるロヨラを中心にして、アジア宣教の礎を築いたザビエルと、ザビエルによって始められた日本宣教における「輝かしい勝利」である3人の殉教者が本書のタイトルページに描かれているということは、非常に興味深いことであると言えるでしょう。
(この点については、Rappo, Hitomi Omata. Des Indes lointaines aux scénes des colléges: Les reflets des martyrs de la mission japonaise en Europe (XVIe - SVIIIe siécle)(Studia Oecumenica Friburgensia 101). Aschendorff Verlag, 2020. ISBN:9783402122112. pp. 377-379を参照)

 本書はこのように優れた銅版画で構成することによってロヨラの聖性をより多くの人に強く訴えると同時に、ロヨラが重視した精神修養をロヨラ自身の伝記によって実践できるという、当時のイエズス会における「ロヨラ伝」として非常に重要な役割を担った極めて重要な作品です。イエズス会によるロヨラ伝はリバデネイラ(Pedro de Ribadeneira, 1527 - 1611)によって1572年に刊行された作品を嚆矢として、本書刊行当時には優れた作品がいくつかすでに存在していましたが、銅版画を中心として象徴的な視覚情報を中心にした構成は本書ならではのもので、当時のイエズス会出版物を代表する記念碑的作品と言えるでしょう。