本書は、ワーグマン(Charles Wirgman, 1832 – 1891)による幕末期から明治初期の日本を描いた風俗雑誌「ジャパン・パンチ」を約25号分（後掲）合冊にして1冊の洋装本に仕立てたものです。雄松堂書店による復刻版では大きな欠落となっている1873年号をほぼ全号と思われる形で収録している非常に貴重な現存本で、これまで確認されている現存本や復刻版と併せて活用することで、「ジャパン・パンチ」の全貌をより明らかにできるのではないかと思われる重要な1冊です。

　本書は、各号それぞれの表紙がそのまま残された形で合冊されていて、これらの表紙表記に従いますと、1869年から1875年までの全25号分が本書には収録されていることになります。ただし、ジャパン・パンチの初期号は、タイトルページに月表記がなく、現存するものは当時の所有者によって、各号の表紙を取り除いて合冊されていることが多いことから、実際に各号がいつ、何ページで刊行されたのかを確定することが非常に難しくなっています。雄松堂書店による復刻版では、現存する各種本を比較照合し、また記事内容から推察して、個別の号を特定する試みがなされており、これが一つの指標として非常に役立ちます。本書に収録されている内容を、復刻版と対照してみますと、下記のようになります。


＊表紙記載（収録紙葉数（表紙含む））；復刻版との照合

1. 1869年（全13葉）：1873年3月号（復刻版と全く同じ）

2. 1870年（全9葉）：①第1-3葉；1870年11月号（部分）
　　　　　　　　　　②第4-9葉：1872年6月号（部分）

3. 1872年（全18葉）：①第1-5葉、第7-10葉；1872年12月号（部分）　＊第6葉は復刻版未収録
　　　　　　　　 　　②第11-18葉：1872年10月号（部分）
4. 1872年（全21葉）；①第1葉、第3-8葉：1872年6月号（部分）　＊第2葉は復刻版未収録
　　　　　　　　 　　②第9-21葉；1870年11月号（部分）
5. 1872年（全8葉）：①第1-4葉；1872年10月号（部分）
　　　　　　　　　　　②第5-8葉：1872年12月号（部分）
6. 1872年（全12葉）：1872年12月号（復刻版と全く同じ）
7. 1872年（全13葉）：1872年5月号（復刻版と全く同じ）

8. 1873年（全14葉）：復刻版未収録　＊後掲10と全く同じ内容（重複）
9. 1873年（全16葉）：復刻版未収録　＊川崎ミュージアムは1873年10月号と推定
10. 1873年（全14葉）：復刻版未収録　＊前掲8と全く同じ内容（重複）
11. 1873年（全12葉）：1873年8月号（復刻版と全く同じ）
12. 1873年（全14葉）：復刻版未収録
13. 1873年（全14葉）：復刻版未収録
14. 1873年（全12葉）：1873年12月号　＊内容は同じだが塗り分けが異なる箇所あり。
15. 1873年（全14葉）：1873年9月号（復刻版と全く同じ）
16. 1873年（全13葉）：復刻版未収録
17. 1873年（全11葉）：復刻版未収録

18. 1874年（全12葉）：1874年2月号（復刻版と全く同じ）
19. 1874年（全12葉）：1874年3月号（復刻版と全く同じ）
20. 1874年（全12葉）：1874年5月号（復刻版と全く同じ）
21. 1874年（全11葉）：1874年7月号（復刻版と全く同じ）
22. 1874年11月（全12葉）：1874年11月号（復刻版と全く同じ）
23. 1874年（全12葉）：1874年1月号（復刻版と全く同じ）
24. 1874年12月（全12葉）：1874年12月号（復刻版と全く同じ）

25. 1875年3月（全12葉）：復刻版未収録　*復刻版1875年3月号とは全く異なる内容。川崎ミュージアムは1875年2月号と推定。

　復刻版の調査に従いますと、本書が実際に収録しているのは、1870年から1875年にかけての号で、1870年と71年はその大部分が欠落、また72年も部分的な欠落が見られるのに対して、復刻版ではほとんど収録されていない1873年が全10号（うち重複1号）も収録されているという非常にユニークな構成となっていることがわかります。また、1874年も多くの欠落が見られ、1875年は1号分しか収録がありませんが、この1号が復刻版では未収録となっていることがわかります。さらに欠落が多い70年から72年にかけての号も、復刻版と内容は同じながらも、その構成に大きな差異が認められるほか、部分的に復刻版には収録されていない内容を含んでいるなど、本書にしか見られない独自の内容構成となっています。

　こうした本書独自の内容構成の中でも特に重要と思われるのが1873年号で、同号は復刻版では「4号分（実際には3号：引用者注）しか入手できなかったが、まだ6号分が刊行され遺存されている可能性がある」（復刻版『別冊』解題51ページ）とされていて、これまでほとんどその内容が知られてこなかったと思われます。復刻版編集の際には、国内外の現存本を多数調査、参照した上で編集がなされていますが、この時の調査によると1873年号についてはほとんどの国内現存本では欠落してしまっており、ごくわずかな海外機関(British Library, Cambridge University Library, Harvard University Library)の所蔵本に収録されている可能性が示唆されているものの、実際にこれらの所蔵本には当たることができなかったものと思われます。なぜ1873年号だけ現存本の多くに欠落が見られるのかについては、その理由は定かではありませんが、現存している1873年号は実際に極めて数が少なくなってしまっていることは確かなようです。その意味では、こうした一般的な傾向とはむしろ正反対に、1873年号が最も充実して揃って収録されている本書は、非常に貴重で珍しい1冊であると思われます。

　上述したように「ジャパン・パンチ」は合冊される際に個別の表紙が取り外されてしまうことが多く、またずっと後年になって別々に集められた複数の号を合冊されていることもあり、実際に、いつ、どのような形で各号が出版されていたのかを確認することが非常に難しくなっています。特に1874年以前は表紙に年表記しかなく、刊行月を特定するためには内容から推定するしかないのが現状で、この作業を一層困難なものとしています。本書に合冊されている各号には大きさにばらつきがあり、それぞれの傷み方も異なっていることから、各号の纏まりは後年になって無秩序に綴じられたものではなく、当初からそれぞれの形であったことを示唆しています。その意味でも、各号の表紙を残しつつも、復刻版と異なる独自の構成をとっている本書は非常に興味深い現存本であると言えます。

　また、本書は緑のクロス装丁が施された洋装本ですが、見返しに貼られている製本業者のラベル(A & W Stenhouse)からは、同社が1870年代にグラスゴーで活躍していた製本業者、古書店、文具店であったことが確認できます(Post-Office annual Glasgow directory: 1873-1874. Glasgow: William Mackenzie, 1873. p.795)。このことからも、当時の所有者（刊行当時に横浜に滞在していた西洋人と思われる）が個別に横浜で購入したものを、帰国後（1870年代後半頃か）にグラスゴーで合冊して製本をしたものではないかと推定できるため、ずっと後年になって出所の異なる各号が無秩序に合冊されたという可能性は低いと思われます。