書籍目録

『日本の芸術:第1巻 絵画芸術』

ブリンクリー

『日本の芸術:第1巻 絵画芸術』

(全2巻中)インペリアル版(挿絵増補特別100部限定版)  1901年  ボストン刊

Brinkley, Captain F.

ART OF JAPAN. VOL I: PICTORIAL ART ILLUSTRATED.

Boston, J. B. Millet Company, 1901. <AB2022261>

Sold

Imperial ed.(no. 3 of only 100 limited copies) Vol.1 only of 2 vols. (or vol. 11th only of 12 vols.)

31.0 cm x 37.2 cm, 1 leaf(Blank), Front.(original woodcut print), Title., 1 folded leaf(notes for IMPERIAL EDITION) pp.[1], 2-46, 1 folded leaf, 1 leaf(blank), Plates of original woodcut prints: [11], plates: [2], Printed on folded leaves, Original decorative cloth boards, bound in Japanese style, tied.

Information

木版画作品をそのものを収録するという、ジャポニスムへの飽くなき情熱が込められた類稀なる書物

 本書は、幕末に来日して以来多方面において活躍したイギリス人ブリンクリー(Francis Brinkley, 1841 - 1912)による全2巻構成の「日本の芸術論」の第1巻にあたるものです。ブリンクリーは、1897年に全10巻からなる大著『日本:日本の人々によって記され、写された』(Japan: Described and illustrated by the Japanese…10 vols. Boston: J. B. Millet Company. 1897)を刊行しており、この続きとなる第11巻、第12巻としても刊行されたもので、この大著と同じく長辺が40センチ近くもある大変大きな書物となっています。大著『日本』は、数多くの限定版とバリエーションが存在することが知られていますが、本書はその中でも最上級版として位置付けられている限定版の購入者だけに第11巻、第12巻として配本されたものと思われ、別刷の木版画作品そのものを数多く収録するなど、信じがたいような手間隙とコストを費やして制作されている点に大きな特徴があります。

 ブリンクリーは1867年にイギリス海軍の軍人として来日し、西洋近代海軍砲術の御雇外国人教師として活躍する傍ら、日本語習得にも精力的に励み、英和辞書や英語文法書なども執筆しました。1881年には、横浜で刊行されていた英字新聞『メイル(Japan Mail)』を買収し、経営者になるとともに、自らが主筆に就任して、時事問題を扱う記事だけでなく、文化、歴史、芸術に関する文芸記事を数多く執筆し、日本の文化的魅力を英語圏の読者に向けて発信する活動を積極的に行っています。明治政府からの信任も厚く、講読料の名目で資金援助を受けていたことが知られていますが、親日的態度を基軸としながらも、客観的立場からの誌面構成を心がけ、読者からの支持も高かったと言われています(ジャーナリストとしてのブリンクリーの活動については、秋山勇造『明治のジャーナリズム精神:幕末・明治の新聞事情』五月書房、2002年を参照)。また、日本をはじめとした東アジアの芸術にも強い関心があったようで、東洋の美術、芸術作品の古クレクションを自ら構築するだけでなく、同時代の作家や学者らとの交流も深かったようです。

 先に述べたようにブリンクリーは『日本』を1897年に刊行し、日下部金兵衛や小川一真らといった当時を代表する優れた風景写真を書中にふんだんに収録して、日本の文化、政治、歴史、芸術を広く欧米に伝えようとしました。この『日本』には夥しい数の限定版が存在しており、しかもそれぞれの収録内容に大きな違いがあることが分かっていて、全体でどれくらいの限定版が存在したのかについては、今なお全貌が明らかになっていないほどです。なかでも、発行部数100部以下で製作された数種類の豪華版は、他の版よりも一層充実した内容で、コストや手間隙を度外視して製作されたとしか思えないような書物となっています。本書は、このようなごく限られた豪華版購入者のために、特別に製作されたもので、日本の芸術を絵画芸術とそれ以外の立体芸術とに分けて、網羅的に解説しようとするものです。本書は、予約購読のみで僅か100部しか制作されなかったというインペリアル版(Imperial edition)の第3番との表記があり、予約者の名前があらかじめ印字されています。

 本書は、ブリンクリーが利益を全く度外視して製作したとしか思えない、極めて豪華な書物となっていることが大きな特徴です。装丁は、美しい意匠で彩られた絹張りの和綴となっていて、見返しの用紙にも銀箔を散らした特殊紙を用いるなど、書物そのものが非常に凝った造りとなっています。本文に用いられている用紙も厚手の極めて高品質なもので、活字も大変美しい品のある配置がなされています。テキストでは、日本の絵画芸術について、その歴史と特徴をブリンクリーが開設する内容となっています。本書を紐解いて圧倒されるのが、口絵をはじめとして14枚もの別刷木版画作品の実物をそのまま収録していることです。通常の書物では、こうした作品の写真版を掲載するものですが、ブリンクリーはそれでは不十分と考え、大胆にも作品そのものを書中に収録してしまうことで、日本の絵画芸術の水準がいかに優れたものであるのかを、読者に実感してもらうことを企図してこのような造りにしたものと思われますが、その途方もないコストと手間隙を考えると、ただただ驚かされるばかりです。収録されている木版画作品は、尾形月耕など絵師が明記されているものや、北斎の富嶽三十六景の複製版もありますが、そうでないものについては店主には絵師や版元を判別しかねるものも多々あります。ここに収録された木版画の絵師や版元を明らかにすることによって、ブリンクリーと当時の業界とのネットワークの様相、また彼らの作品の海外への紹介がどのように行われたのかを辿ることが可能になるのではないかと思われます。

 なお、ブリンクリーは、本書も含めそれまでの著作も、ボストンの出版社J.B.Milletから出版していますが、このMilletも注目すべき人物です。Millet (Josiah bryam. 1853 - 1938)は、1891年から1915年にかけてボストンで出版社を経営していた人物で、画家のFrancis Davis Millet(1846? - 1912) の弟として知られ、自身も著作家、編集者として数冊本を出版している他、実に多彩な分野で活躍しています。自身で出版社を立ち上げる前の、1881年から1886年にかけては、ボストンの出版社Houghton, Miffin and Companyのアート部門を担当していおり、同社はのちにラフカディオ・ハーンの著作を多く刊行した出版社として知られ、ハーンの著作をはじめジャポニスムに強い影響を受けた美しい装丁を制作したSarah Wyman Whitmanが多くの作品を手掛けていて、当時の日本研究とも関係の深い出版社です。彼自身4度も来日しており、日本に対する、特に日本の芸術に対する関心は非常に強かったものと考えられます。こうしたJ.B.Milletの日本への関心の高さや、彼が有していた日本の関係者とのネットワーク、出版社がボストンにあったことを考えると、彼がフェノロサとも深い関係にあったことは容易に推察できるでしょう。その意味では、ブリンクリーはJ.B.MIlletと協力して、ボストンと日本美術を強く結びつけることに大きな貢献を成した人物としても、改めて評価されるべきとも言えるでしょう。

 本書は、数種類の限定版が製作されたものと思われますが、そのいずれもが極めて少部数だったと考えられます。当店で過去に入手できた異なる「皇帝版」(Emperor's edition)とされた限定版は、本書と異なるの表紙を採用していて、収録されている木版画作品やその枚数も異なっています。木版画作品の現物を収録するという信じられないような造りとなっている以上、このようなことが生じるのは当然と思われ、ひょっとすれば一冊一冊全ての収録内容が異なっている可能性さえ考えられます。このように、ブリンクリーやミレーといった傑出した人物が出版した類稀なる書物によって、当時の日本の版画芸術作品が欧米読者に届けられていたこということの意味は、改めて考えられるべきものではないかと思われます。本書は、当時の発行部数が極めて限られている上、現存するものが決して多くないと思われることから、その全貌を把握することは容易ではありませんが、木版画芸術の東西交流に大きな足跡を残した、比類なき書物として改めて注目されるべき一冊ではないでしょうか。