本書は、19世紀前半のプラハで活躍した著作家ヴィーツ(J. K. Wietz, 1791 - 1844)が10代の若者向けに書いた作品で、世界各国地域の人々とその風俗、歴史などを解説した叢書作品のうち4作品を1冊にまとめたものです。4作品目には日本を論じた章が含まれており、15ページほどのまとまった日本関係記事を確認することができます。
著者ヴィーツについての詳しいことはわかっていませんが、この叢書は少なくとも10巻以上が刊行されていることが確認できることに鑑みると、19世紀初めのプラハにおいて非常に精力的に活動していた著作家であると思われます。この叢書が全体で何作品が刊行されたのかを正確に確認することは困難ですが、おそらくヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの各国、各地についてその人々と風習、歴史などを平易な文章に図版を添えて紹介するという基本構成はいずれの巻であっても同様だったたようです。ヴィーツによるこの叢書作品は、地理的なまとまりを考慮せずに任意の国や地域を(ほとんどランダムに)各巻で紹介していることがその特徴の一つで、例えば本書の最初に収録されている巻では、インド、ビルマ、ペルー、ニュージーランドが論じられ、2番目の巻では全て中国に、3番目の巻(タイトルページなし)ではフランス、そして最後の4番目の巻では、エジプト、アルテンブルク、日本、サハリンが論じられています。本書に収録されている4作品各巻のタイトルと書誌情報を記すと下記の通りとなります。
①Kurze, unterhaltende und belehrende Beschreibung von Hinterindien überhaupt, insbesondere aber von dem Lande Aßam und dem Brimanischen Reiche in Asien, Peru in Amerika und Neu=Seeland in Australien....
Prag,1826.
pp.[3(Title.)-5], 6-70, colored plates: [5]
②Kurze, unterhaltende und belehrende Beschreibung von dem chinesischen Reiche....
Prag, 1826.
pp.[3(Title.)-5], 6-68, (some folded) colored plates:[4]
③[Kurze, unterhaltende und belehrende Beschreibung von Frankreich, dann Neu=Holland sammt Van=Diemens=Land.]
[Prag, 1827?]
pp.[5], 6-72, some colored, folded plates: [8]
(タイトル欠のため推定、書誌上では最後の8ページが欠落しているように見受けられる)
④Kurze, unterhaltende und belehrende Beschreibung von Aegypten in Afrika, von dem Fürstenthunme Altenburg In Europa, vom Japanischen Reiche und der Halbinsel Tschoka in Asien.
Prag, 1826.
pp.[3(Title.)-5], 6-10, LACKING, pp.11-14, pp.15-72, colored plate: [1]
日本についての記事は4番目の巻の55ページから69ページにかけて掲載されていて、続くサハリンについての記事も日本の隣接地として論じられていることから、この記事も合わせると72ページまで続いています。日本についての記事の冒頭では日本の地理的概説から始められており、日本がアジアの中でも極東に位置する多くの島々で構成された国で、沿岸は浅瀬や岩礁などの危険に満ちた海域であること、北緯31度から49度、緯度146度から165度の間に位置していることなどが述べられています。冬は寒さが非常に厳しく、反対に夏は大変暑く、土壌も豊穣とは言えない(ほとんど石である)が住民の勤勉さによって多くの農産物が栽培されていることや、山が多いこの国の中でも最も高い山は「富士」(Furi)と呼ばれていることなどが紹介されています。日本での収穫物についての解説はカナライ詳しく、具体的な名前を挙げながら豊富な農産、海産物に恵まれていることが強調されています。日本の人々については、中国や韃靼人ともあまり似ておらず、独自の言語を話すことや身体の特徴に加え、礼儀正しく、穏健な性格であるといった気質面についての解説が続き、男女、階級別の衣装や住宅、料理などについても詳しく紹介されています。日本の近世以降の歴史、統治機構、宮廷儀式、軍事、主要地域と都市、キリスト教徒の出会いと廃絶に至るまでの経緯、日蘭貿易の実情等々、15ページほどの記事ながらも、当時の他の著作に見られる日本に関するおおよそのトピックをカバーした充実した内容となっています。
この作品はプラハで刊行されたということもあってか、これまで日本関係欧文図書としては、その存在すらほとんど知られることがなかったものと思われ、国内でも所蔵を確認することができません。また、現在の古書市場でも流通することが少ないように見受けられます。本書は残念ながら、本来収録されていたであろう日本に関する図版1枚(クルーゼンシュテルンあたりの作品から転用したと思われる日本の人々を描いた図)を欠いてしまってい流用ですが、テキストは完備しており、日本関係欧文図書として貴重な1冊と言えるでしょう。