書籍目録

[『日本植物誌』]

[シーボルト / ツッカリーニ]

[『日本植物誌』]

彩色版 [1835年〜1844年]  [ライデン刊]

[Siebold, Philipp Franz von / Zuccarini, Joseph Gerhard.]

[FLORA JAPONICA SIVE PLANTAE, QUAS IN IMPERIO JAPONICA COLLEGIT, DESCRIPSIT, EX PARTE IN IPSIS LOCIS PINGENDAS CURAVIT…SECTIO PRIMA, CONTINENS PLANTAS ORNATUI VEL USUI INSERVIENTES….]

[Lugduni Batavorum (Leiden)], [Apud Auctorem (privately publishing)], [1835-1844]. <AB2022246>

Sold

Colored edition.

Folio (28.0 cm x 38.7 cm), [LACKING pp.[1(Title., 2], Illustrated Title.], Illustrated Dedication, pp.[3(Half Title., 4], pp.[5], 6-193, Colored Plates: [80 (of 100)] (i.e.LACKING 20 Plates), Contemporary Half leather on marble boards (bound by Exposition Coloniale).
タイトルページ以外のテキストは完備、彩色図版は100枚中80枚が現存(20枚欠落)。製本が途中で二つに割れてしまっており、表紙からも外れてしまっているため修復が必要な状態。旧蔵者による押し花がいくつか残存している。

Information

シーボルト三大主著の一つ、近代日本植物研究の金字塔、大変貴重な彩色版

 本書は、シーボルトによる日本研究三大主著の一つに数えられる作品の第1部(全2部)で、日本の植物について、全100枚の図版(本資料では80枚が現存)と、ラテン語による学名とその説明(記載)、フランス語による覚書が記されたテキストで構成されています。1835年から分冊形式での配本が開始され、1841年に一旦完結し、ここまでが「第1部」とされており、本書はこれにあたるものです。翌1842年には第2部の分冊が開始されますが、1844年の配本を最後に中断してしまい、最終的にはシーボルトの没後1870年の配本でもってようやく完結しました。その多くの原図を川原慶賀が手がけた精細な筆致で鮮やかに表現されたリトグラフ印刷による図版と、ツッカリーニによる詳細なラテン語による個別の植物の解説、そしてシーボルトによる個々の植物の生態や日本での用いられ方といった文化的側面をも含んだユニークなフランス語による覚書で構成された本書は、日本の植物研究における画期的作品として、今なお高く評価されている作品です。

 シーボルトは総合的な日本研究の一環として、商業(園芸)的にも医学、薬学的にも有用であると思われる日本の植物研究にも注力し、日本の蘭学者や本草学者にオランダ語論文を提出させたり、標本を集めさせるなど、あらゆる手段を駆使して日本の植物を網羅的に収集、分析しようとしました。ヨーロッパとはかなり植生が異なる日本の植物については、オランダ東インド会社関係者から早くから注目されており、17世紀末にはゲオルグ・マイスター(Georg Meister, 1653 - 1713)による『東洋の園芸師』(Der Orientalisch=Indianische Kunst= und Lust=Gärtner… Dresden, 1692.)が刊行されたことを嚆矢にケンペルやツンベルクといった来日経験のあるオランダ商館関係者による長い研究蓄積がありました。

 本書には全体の序文にあたるようなテキストはなく、冒頭から個々の植物の図版とその解説が掲載されています。このテキストは、①表題(ラテン語)②解説(記載)③覚書の3つから構成されています。

「解説は各植物ごとの表題に続き、それぞれの植物の特徴が2〜8行程度で記述される。続いて、和名、漢名、当該植物を扱った文献が箇条書きで提示される。表題は学名で記されている。(中略)
 キリの学名は、Paulownia tomentosa である。最初の語を属名、後の語を種小名という。キリやイチョウなどの種の学名はこの2つの語から構成されている。Paulownia も tomentosa もラテン語の文法にしたがって命名されている。前者は「パウロウナ」という意味であり、シーボルトと『日本植物誌』の出版を支援したオランダ国王ウィレム2世后妃アンナ・パウロウナ大公女への献名である。後者は、詰め物にすることから転じ「綿毛のある」の意味をもつ形容詞である。
 植物園などでキリの学名を見ると Paulownia tomentosa (Thunb.) Steud. のように記されていることも多い。学名にない(Thunb.) Steud. はキリの学名の命名に関わった人物名である。カッコ内の Thunb. はツュンベルク(Carl Peter Thunberg)、Steud. はストイデル(Ernst Gottlieb von Steudel)を、命名者表記状の省略形で表したものだ。(中略)
 続いて、当該植物の属性について、専門用語を用いた長文の記述がくる。冒頭の特徴の記述とこの長文の記述を読めば、その植物の姿かたちが仔細にわたり再現でき、図版はそれを助ける役割を果たしている。このように植物の特徴を文書で記述することを、生物学では記載という。新種の発表には記載が不可欠であり、ただ学名を与えただけでは学会に発表されたことにはならない。記載はその植物についての分類学研究の成果によるものであり、記載こそが研究者としての真骨頂でもある。(中略)
 長文の記載の後は、当該植物の分布、生育地、開花期、結実期が簡素に提示され、さらに図版の説明が続く。その後に補足などが記される場合もある。それらに続くのが、シーボルト自身によったと考えられている、覚書きである。
 覚書きだけは、ラテン語ではなくフランス語で書かれている。経済的にも広い範囲の読者層をえる必要があったともいう。覚書きはシーボルトが収集した見聞や文献によって書かれており、化政年間を中心とした民俗植物学、植物資源学の重要な資料である。また、シーボルトが覚書きをものすることを可能とした、当時の日本人の植物についての知的水準と、日本人学者の資質の高さを示すものとしても興味深い。資源として利用することを通じ、当時の人々が野生植物と身近に接していた様相も伝わる。」
(大場秀章(監修・解説)『シーボルト日本植物誌』ちくま学芸文庫、2007年、10-12ページより)

 また、図版については、シーボルトの日本研究に多大な貢献を成した絵師である川原慶賀による図をもとにして、改変が施された上で原図が製作され、高精度のリトグラフ印刷によって鮮やかに表現されています。『日本植物誌』の図版には、シーボルトの他の著作と同じく、手彩色が施されたものと、そうでないものの2通りが存在しており、本書に収録されているのはその大半がより高価で貴重とされている彩色が施されたものです。

「『日本植物誌』・『日本動物誌』の初版本は数種類しか見ていないが、『NIPPON』の彩色図版と比べると、明らかに違う。特に『日本植物誌』の図版は綺麗であるだけでなく、植物学的正確さにおいても優れ、出版当初から高い評価を得ていた。その図版の下部には一部を除き、画家と製版師の名前が明記されている。画家としてもっとも多くを描いたのは、ミシンガー(Misinger)であり、彼は当初全盛期だった他の著名な大型植物図譜の図版作成にも関与していたすぐれた植物画家であった。植物の石版画を手彩色したのは誰なのか不明ながら、『NIPPON』の彩色を担当した人々とは大きく異なる。(中略)細部にいたるまで綺麗に、そして丁寧に手彩色されている。」

「シーボルトの代表作である『NIPPON』・『日本植物誌』・『日本動物誌』は、1832〜35年にそれぞれの第1分冊が出た。豪華版の色つき版と廉価版の色なし版があり、色つき版は当時のイギリス、ドイツ各地で広く行われていた手彩色が施され、価格も非常に高価であった。彼は決して潤沢な出版資金を持っていたわけではなく、1834〜35年には資金調達を兼ねてヨーロッパの宮廷を廻り、予約募集を行っている。どれほどの資金が集まったのか、出版の総費用はどれほどだったか不明であるが、彼は図版の彩色化をそれぞれに区別している。
 つまり、色の違いが重要な意味を持つ植物・動物画では、一流の人々に依頼して彩色させ、日本社会を描く『NIPPON』では二流、三流の人々に頼んでいる。」
(宮崎克則『シーボルト『NIPPON』の書誌学研究』花乱社、2017年、55ページより)

 この図版は、日本における本草学の伝統を踏まえた上で、精緻な観察を元に描かれた川原慶賀の表現と、博物学、植物学図譜の長い伝統をもつヨーロッパにおける表現形式とが融合されたものとも言える作品群で、その正確性(あるいは部分的な不正確さ)の精度だけでなく、東西の植物図譜をめぐる文化交流の表れとしても大変興味深いものです。

 シーボルトの他の作品と同じく、『日本植物誌』は基本的にシーボルトの自費出版物として刊行されており、用いられる用紙、活字、図版の細部に至るまでシーボルトの強いこだわりが感じられる作品となっています。シーボルトは自身が手がける印刷物に対して並々ならぬ情熱を費やしており、造本全般の点においても優れた作品となることを心がけていました。『日本植物誌』をはじめ、シーボルトの作品の多くは、現在では複製版によってその全貌を見ることができますが、シーボルトの印刷物それ自身への強いこだわりに鑑みると、やはり原作には大きな固有価値があるといえます。

 ただし、これも他のシーボルトの作品と同じく「日本植物誌』は、その完成度の高さへの飽くなき追求のゆえに、完成までに多大な時間を要することにもなってしまいました。本書は全2部構成で、1835年12月に第1部第1, 2章の配本が開始されましたが、毎年少しずつしか刊行されなかったため、10年近くをかけた1844年4月と8月にようやく第2部第5章までが刊行されました。しかし、これ以降は配本が中断することになってしまい、この第2部第5章がシーボルト生前最後の配本となり、ついにシーボルトは本書を完結させることなく世を去ってしまいました。その後シーボルト生前最後の配本から約25年を経てされることになり、『日本植物誌』は一応の完結を見ることになりました。

 本書はこうした長期間にわたる分売形式で販売されたことに加え、その莫大な製作コストの影響で、刊行部数自体が極めて限られることになってしまったため、現存する『日本植物誌』はあまり多くありません。また、美しい図版が大きな魅力であった『日本植物誌』は図版だけが切り売りされてしまうことも多く、完本が現在の古書市場で出回ることはほとんど皆見に近い状況になってしまっています。本資料は旧蔵者によって本文の随所に「押し花」が挟み込まれており、出版当時の読者の様相を思い浮かべる上でも大変興味深い1冊となっています。本体部分が二つに割れてしまっており、装丁とも剥離してしまっていますが、全体の8割にもなる貴重な彩色図版が備えられている本書は、大変貴重な現存本の1冊に数えられる作品でしょう。


【現存する図版(全100枚中80枚現存)】
*植物名は大場前掲書による。

1)T.1(シキミ)
2)T.2(シイ)
3)T.4(オキナグサ)
4)T.5(シュウメイギク)
5)T.6(ウツギ)
6)T.7(マルバウツギ)
7)T.10(キリ)
8)T.11(ウメ)
9)T.12(カノコユリ)
10)T.13(シロカノコユリ)
11)T.14(ウバユリ)
12)T.16(ヤマボウシ)
13)T.17(サネカズラ)
14)T.18(キブシ)
15)T.19(トサミズキ)
16)T.20(ヒュウガミズキ)
17)T.21(ゴシュユ)
18)T.22(ユスラウメ)
19)T.24(クロキ)
20)T.25(ウド)
21)T.26(イワガラミ)
22)T.27(バイカアマチャ)
23)T.29(タニウツギ)
24)T.30(シロバウツギ)
25)T.31(ハコネウツギ)
26)T.33(ツクシヤブウツギ)
27)T.34(コツクバネウツギ)
28)T.35(ツワブキ)
29)T.36(オオツワブキ)
30)T.37(オオデマリ)
31)T.40(ヤマグルマ)
32)T.41(ノヒメユリ)
33)T.42(ザイフリボク)
34)T.43(ナツフジ)
35)T.45(ヤマフジ)
36)T.46(ハクウンボク)
37)T.47(アサガラ)
38)T.50(サンシュユ)
39)T.51(ガクアジサイ)
40)T.53(ベニガク)
41)T.55(オオアジサイ)
42)T.56(ヤマアジサイ)
43)T.57(ヤマアジサイ)
44)T.58(アマチャ)
45)T.59-I(シチダンカ)/ T.50-II(ツルアジサイ)
46)T.60(ガクウツギ)
47)T.61(ノリウツギ)
48)T.62(コアジサイ)
49)T.64(ギョクダンカ)
50)T.65(クサアジサイ)
51)T.67(ゴンズイ)
52)T.68(ミヤマシキミ)
53)T.69(ユキヤナギ)
54)T.70(シジミバナ)
55)T.71(ギョリュウ)
56)T.72(フサザクラ)
57)T.74(ケンポナシ)
58)T.75(フジモドキ)
59)T.76(ムベ)
60)T.77(アケビ)
61)T.78(ミツバアケビ)
62)T.79(アカメガシワ)
63)T.80(モッコク)
64)T.81(サカキ)
65)T.82(ツバキ)
66)T.84(サンシチソウ)
67)T.86(ハナイカダ)
68)T.87(ハマビワ)
69)T.88(クスドイゲ)
70)T.89(マテバジイ)
71)T.90(ニワウメ)
72)T.91(ツルニンジン)
73)T.92(ツルアジサイ)
74)T.93(ハマボウ)
75)T.94(イスノキ)
76)T.95(ミツバウツギ)
77)T.96(ヒメシャラ)
78)T.98(ヤマブキ)
79)T.99(シロヤマブキ)
80)T.100(イワガラミ / ハマビワ / クスドイゲ)

*欠落している図版
Tab. 3, 8, 9, 15, 23, 28, 32, 28, 39, 44, 48, 49, 52, 54, 63, 66, 73, 83, 85, 97).