書籍目録

『日本語学習入門(実践日本語コース第1学年(初級)第1部)』

ロニー

『日本語学習入門(実践日本語コース第1学年(初級)第1部)』

第2版 1872年 パリ刊

Rosny, Léon de.

INTRODUCTION AU COURS DE JAPONAIS RÉSUMÉ DES PRINCIPALES CONNAISSANCES NÉCESSAIRES POUR L' ETUDE DE LA LANGUE JAPONAISE. (COURS PRATIQUE DE JAPONAIS. Enseignement élémentaire. 1re partie.)

Paris, Maisonneuve et Cie, Libraires-Èditeurs, 1872. <AB20186>

Sold

2nd edition.

8vo(14.0 cm x 22.3 cm), pp.[1-5(Fly Title, Title)], 6-63, TABLE DES MATIÉRES, Original paper wrappers.
旧蔵図書館による押印、空押し、紙ラベルあり。

Information

フランス国立東洋語学校における初代日本語教授ロニーによるテキスト

 本書の著者であるロニー(Léon de Rosny, 1837 - 1914)は、19世紀後半のフランスを代表する民俗学、日本、中国研究家で、大の知日家でもありました。十代半ばからすでに中国や日本に関する研究論文を発表しており、日本語の学習には特に熱意を示し、日本についての言語学的な情報が極めて乏しかった時代に、独力で日本語習得に励みました。1862年のいわゆる文久遣欧使節がヨーロッパを歴訪した際には使節らと親交を深め、福沢諭吉や福地源一郎などとも交流を続けています。1863年にフランス国立東洋語学校において最初の日本語講座が開設された際、ロニーは初代講師に任命(1869年に教授に任命)され、以後定年で1907年に退職するまでその職にありました。
 
 本書は、彼が日本語講座のために執筆したテキストのひとつで、ロニーの日本語教育構想において、最初に学習すべきものとして位置づけられているものです。ロニーの日本語教育構想は、全3年の課程で構成されており、それぞれの学年において習得すべき内容とそのためのテキストが用意されることになっていました。全20クラスを習得することで、日本語を文語、口語両方において習得できるように設計されており、そのためのテキストをロニーが自身で執筆するという壮大な計画となっていました。実際には完成しなかったテキストや、後年になって内容が変更されたものもありますが、その課程全体は彼の著した出版物の広告に度々掲載されており、本書でも末尾に課程全体の概説がなされています。ここでは、宮原温子氏による論文「Léon de Rosny "Eléments de la Grammaire Japonaise (Language Vulgaire)"の一考察」(目白大学人文学研究第11号所収)で紹介されている内容を引用してみます。

「第一学年 初級(口語)
I. Introduction au cours de japonais 「日本語学習入門」(本書のこと;引用者註)
II. Eléments de la grammaire japonaise(langue vulgaire)「日本語文典初歩(口語)」
III. Guide de la conversation. 「会話案内」
IV. Dictionnaire japonais-français (langue vulgaire)「口語日仏辞書」
V. Dictionnaire français-japonais (langue vulgaire)「口語仏日辞書」
VI. Textes faciles et gradués en langue japonaise vulgaire 「学始日本安文」
VII. Thémes faciles et gradués pour l'étude de la langue japonaise accompagnés d'un vocabulaire français-japonais de tous les mots renfermés dans recueil「和漢字洋譯」

第二学年 中級(漢語を中心とする文語)
VIII. Introduction a l'étude de la littérature japonaise「日本文学入門」
IX. Grammaire sinico-japonais「漢語文法」
X. Vocabulaire sinco-japonais explique en franCais「フランス語による説明付漢語語彙集」
XI. Dictionnaire des signes idéographique de la Chine, avec leur prononciation usité au Japon「漢字辞典」
XII. Recueil de textes japonais「日本文集」

第三学年 上級(大衆文学、純文学、書簡文、外交・商業文)
XIII. Manuel de lacture japonaise, renferment les élements figuratifs et phonétiques de l'écriture so-sho「草書体による具象と音声の読解手引き」
XIV. Grammaire japonaise「日本文典」
XV. Dictionnaire japonais-français (langue écrit et littérature)「文語日仏辞書」
XVI. Dictionnaire français-japonais (langure écrit et littérature)「文語仏日辞書」
XIII. Manuel du style épistolaire et du style diplomatique「書簡文と外交文書の手引き」
XIX. Chrestomathie japonaise「名文集」
XX. Anthologie japonaise「名詩選」」

 上記のような3年間に及ぶ膨大な過程をロニーは構想していましたが、本書は上述しましたように、その一番最初のに当たるもので、日本語学習過程全体を敷衍したような内容になっています。

 本書は全2部、6章立てで書かれており、第一部は、言語に限らず日本についての基本的な情報を理解することに焦点が当てられています。ここでは、日本の地理、歴史、ヨーロッパ諸国との関係史、日本の宗教が簡単に説明されており、これから日本語を学習しようとする者が最低限抑えておくべき、日本についての基本的な知識が享受されています。第二部は、日本語の学習方法についての概論となっており、口語学習と文語学習とを分別して、それぞれの習得において重要となる事柄と注意点を簡潔に説明しています。本書を通読することで、いわゆる日本語学習入門全体を敷衍できるように工夫されており、当時の日本語講座のテキストとして最も基本的なものとして読まれたであろうことが推察されます。

 また、本書は、1872年に刊行された第2版とされていますが、初版は1854年にまだロニーが日本語学習を始めた頃に刊行されていることから、本書は大幅な加筆修正が施されているものと思われます。また、この第2版には、1862年の文久遣欧使節との交流に始まる日本人との直接的な交流によって大きく向上したロニーの日本語についての新知見が盛り込まれているほか、この間に激動の歴史をたどった日本に対するロニー自身の見解も序文では触れられています。

 ロニーの日本語理解については、同時代から既に厳しい評価があり、その作品数に対して現在の評価は決して芳しいものではありません。ロニー自身が一度も来日しなかったこと、彼の日本について知識が江戸末期から明治初期までの極めて限定された、あるいは偏ったものであったことから、彼の著作については、現代の視点から見れば間違いや、稚拙な点も多々見られます。しかしながら、まだ日本についての情報、特に言語学的な情報が極めて乏しかった時代に独力で研究を重ね、独自の学習方法を打ち立てたこと自体は、同時代人にあってロニーのみがなし得たことでもあります。本書は、ロニーが最も情熱を持って取り組んだテーマの一つである日本語学習における、基本テキストとして書かれていることから、ロニーの日本語学習構想を理解する上でも大変重要なて文献ということができるでしょう。

表紙。旧蔵図書館による空押しと押印、紙ラベルがある。
タイトルページ。左ページにあるのは初学年の課程内容とそのテキスト。
第2版のために新たに書き下ろされたロニーによる序文。
第一部冒頭。日本についての基本知識の解説。
第二部冒頭。日本語学習における要点と注意点の解説。
文語で重要となる仮名文字の解説。
漢字については表意、表音を区別しているようである。
本書の詳細な目次。
末尾には全20家庭からなる日本語講座全体の説明。