書籍目録

『日本での旅行に役立つ覚書と旅行日程案』

喜賓会 / (東京勧業博覧会)

『日本での旅行に役立つ覚書と旅行日程案』

改訂第6版(折込地図2枚付属) 1907年 東京刊

The Welcome Society of Japan (KIHIN KAI)

Useful Notes and Itineraries FOR TRAVELLING IN JAPAN,…

Tokyo, Tokyo Printing Company LTD, 1907. <AB2022177>

Sold

6th Edition, revised.

10.3 cm x 17.0 cm, 6 leaves (Advertisements), Title., 3 leaves, pp.[I], ii-xi, pp.[1], 2-49, pp.[1], 2, 15 leaves(Advertisements), 1 leaf (Colophon), 2 folded maps inserted, Original pictorial paper wrappers.
当時の利用者による鉛筆での書き込み多数あり。表紙が本体から外れかけている状態で傷みが見られる。

Information

喜賓会による訪日観光客のための旅行日程案紹介と旅の便利帳

 このガイドブックを発行していた喜賓会(Welcome Society of Japan)とは、1893(明治26)年に、東京商業会議所の初代会頭であった渋沢栄一、三井物産の設立と三井財閥の近代化に大きく貢献した益田孝、貴族院議長であった蜂須賀茂韶らによって設立された非営利組織で、主に来日外国人に対する様々な便宜を図ることをその主たる目的としていました。明治日本における最初の来日観光客を対象とした組織であり、今で言うところの「インバウンド」について初めて対応した日本における、観光組織の原点とも言える存在です。現代の日本交通公社の前身であるジャパン・ツーリスト・ビューロー(1912年設立)が設立されるまで、増加する来日外国人観光客の対応を手探りながら一手に担っていました。

 喜賓会は、その目的として、
①外国人来日観光客を対象とした旅館(ホテル)の設備改善の勧告、
②外国人来日観光客を対象とした案内業者(開誘社、東洋通弁協会などの通訳団体など)の質的管理、斡旋、
③観光施設(ここには公共建築物や各種学校、工場なども含まれています)観覧に際しての便宜提供、
④外国人来日観光客と日本各界における重要人物との交流促進、紹介、
⑤ガイドブックとガイドマップの刊行、
を掲げて活動を行なっていました。

 このガイドブックは、言うまでもなく上記の⑤にあたるものとして作成されたものです。

 喜賓会が発行した出版物の全貌は、今なお不明となっていますが、大別すると、①地図(ガイドマップ)、②ガイドブック、③旅行日程の手引書、④その他、に分類することができると思われます。この中で最も中心をなすのが、①のが地図で、その「補遺」として②のガイドブックや、③の旅行日程の手引書が刊行されていたようです。また、フランス語をはじめとして英語以外の欧米言語にも翻訳されたようですが、詳細は不明のようです。店主が確認できた限りの喜賓会出版物に関する書誌情報をまとめますと、下記のようになります。

①地図(ガイドマップ)
1) Map of Japan for Tourits. (1897)
2) Welcome Folio Containing Map of Japan. 2nd ed. (1899)
3) Welcome Folio Containing Map of Japan. 3rd ed. (1901)
4) The Latest Map of Japan for Travellers. 4th rev. ed. (1901)
5) The Latest Map of Japan, for Travellers. 5th rev. ed. (1905)
6) The Latest Map of Japan, for Travellers. [6th ed.] (1906)
7) The Latest Map of Japan, for Travellers. [7th ed.] (1908)
8) The Latest Map of Japan, for Travellers. [8th ed.] (1908)
9) The Latest Map of Japan, for Travellers. 9th rev. ed. (1911)
10) The Latest Map of Japan, for Travellers. [10th ed.) (1912)
11) The Latest Map of Japan, for Travellers. [11th ed.] (1913)

*上記の多くは弊店ホームページ上でも紹介。

②ガイドブック
1) The Japan Guide: Supplement to the Welcome Folio. (1897)
2) The Fifth National Industrial Exhibition of 1903 and a Short Guide-Book of Japan. (1903)
3) A Short Guide-Book for Tourists in Japan. (1905)
4) Guide-Book for Tourists in Japan. 2nd rev. ed. (1906)
5) A Guide-Book for Tourists in Japan. 3rd rev. ed. (1907)
6) A Guide-Book for Tourists in Japan. 4th rev. ed. (1908)
7) A Guide-Book for Tourists in Japan. 5th rev. ed. (1910)(本書)

③旅行日程の手引書
初版、第2版にあたる書誌を店主は確認できず。
3) Itineraries for Travelling in Japan. [3rd ed. ?] (1905)
4) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 4th ed. (1906) 
5) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 5th ed. (1907)
6) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 6th ed. (1907)
7) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 7th ed. (1909)
8) Useful Notes and Itineraries for Travelling in Japan. 8th ed. (1910)

④その他(英語以外への翻訳版含む)
1) Nouvelle carte du Japon à l'usage des voyageurs 5.éd. (1905)(地図第5版の仏訳)
2) Notes utiles et itinéraires pour voyager au Japon. (1907)(手引書の仏訳)
3) Manchuria, Korea, Formosa and Saghalien. (滿韓臺灣樺太案内地圖). (1908)
4) The latest map of Manchuria, Korea, Formosa, and Saghalien. 2nd ed. (1910)
5) Latest Map of Tokyo, Yokohama, Hakone, Fukiyama, and Nikko. (1912)
6) Railway & Steamer Time and Fare Tables with Notes on Railways & c.: Supplement to the Welcome Folio. (not dated)

 本書は上記のうちの③「旅行日程の手引書」に該当するもので、1907年に刊行された改訂第5版(5)です。その内容としては、②の「ガイドブック」をベースにして日本国内の旅行において必要となる事項をより簡潔にまとめ、その名の通り旅程表(旅行プラン)を中心にしてコンパクトに編集したものです。

 冒頭には紆余曲折を経て最終的に開催が中止されることになる「日本大博覧会」(当初は1912年に開催予定)の案内が置かれており、それに続いて先の喜賓会の総会(1907年1月開催)において、それまで続けていた「喜賓会公認ガイド・通訳」の制度が廃止されることになったことの告知がなされています。当時、来日外国人を相手にした悪質なガイドや、その能力が十分でない通訳が問題となっており、それに対処するために喜賓会が公認制度を設けていましたが、これを制度として廃止する一方で、ガイドの斡旋を希望する旅行者には継続して紹介を受ける用意があること、また悪質なガイドや振る舞いについては忌憚なくその報告をしてほしい旨が述べられています。

 本文の冒頭に置かれているのは他のガイドブックやガイドマップに見られる喜賓会についての案内で、喜賓会が鋭利機関ではなく、むしろ有志による善意で運営されていることや、東西交流の障壁を取り除き、それを深めることで日本に対する西洋の偏見の打破を目指していることが紹介されています。また、蜂須賀総裁や渋沢栄一副総裁をはじめとした主要委員や、喜賓会による出版物とそれらを受け取ることができる全国各地のポイント(書店等)、会員の特典や特別に見学の斡旋を受けることができる施設などが列挙されています。

 旅行案内関する記事は下記のように、旅行に際して注意すべき事項をまとめた11章と、当時国際汽船が発着していた横浜、神戸、長崎を基点としたそれぞれの旅行プラン全3章、補遺で構成されています。

1)旅行計画
2)気候、旅行に適した時期
3)ホテル、宿泊所
4)ガイド
5)旅費
6)パスポート、通関
7)写真と写生
8)通貨と金融機関
9)鉄道旅行のヒント
10)鉄道乗車中のこと、並びに寝台列車
11)鉄道運賃

3つの旅行プラン

1)横浜を起点とした2週間の旅
2)神戸を起点とした3週間の旅
3)長崎を起点とした4週間の旅

補遺:朝鮮と満州への旅

 上記の構成を見てみると、日本にやってきた旅行者が必要とする事項が非常に効率よくまとめられていると言え、また逆に当時の旅行者がどのようなことを注意していたのか、すべきであったのかがわかります。例えば「写真と写生」とあるのは、写真撮影に適した名所を案内しているわけではなく、軍事機密となっていた海軍、陸軍基地周辺では写真撮影や写生が禁じられていることに注意を促したものです。また、旅行プランでは細かな日程の案内だけでなく、鉄道での移動に必要な運賃なども紹介されていて、非常に実用的なつくりであるとともに、ふんだんに写真を掲載することで旅情を誘う内容となっています。事実、本書には当時の旅行者によるものと思われる鉛筆等での書き込みがびっしりとなされており、実際に本社が大いに活用されたことを伝えてくれています。

 喜賓会による出版物は、本書に見られるように非常に実用的、かつ魅力的な優れたものであったと言えますが、旅行案内という性質上、現存するものは多くなく、その全貌自体がまだまだ不明なところが多いと思われます。そうした中で、当時の旅行者による書き込みを通じて実際の旅行者の動向や関心を追うこともできる本書は、大変貴重な1冊であると言えるでしょう。