書籍目録

『レンシ:ある日本の歴史物語:翻訳』

[メルシエ]

『レンシ:ある日本の歴史物語:翻訳』

スウェーデン語訳版 1773年 イェヴレ刊

[Mercier, Louis-Sébastien]

RENSI, En Japanesist HISTORIA. Ofwersättning.

Gefle(Gävle), Ernst Peter Sundquist, 1773. <AB2022130>

¥132,000

Edition in Swedish.

8vo (9.7 cm x 15.9 cm), pp.[1(Title.)-5], 6-40, Disbound.

Information

『2440年』『タブロー・ド・パリ』の著者として名を残す著名作家による日本を舞台にした知られざる小説作品、大変珍しいスウェーデン語訳板

 本書は、18世紀後半から19世紀初頭のフランス革命を挟んで大きく変動するフランスにおいて活躍した作家であるメルシエ(Louis-Sébastien Mercier, 1740 - 1814)による比較的初期の作品で、日本を題材としたフィクション小説です。本書の底本となったのはフランス語で1768年に発表された作品ですが、本書はこれをスウェーデン語に翻訳したという大変珍しい作品で、メルシエの著作のスウェーデン語への最初の翻訳ではないかともされています。同時代を代表する著名な作家の一人であるメルシエが、日本を題材とした作品を残していたことはこれまでほとんど知られていないと思われ、しかもその作品がスウェーデン語に翻訳されるほどの反響を呼んでいたということは、非常に興味深いことです。

 メルシエは、岩波文庫の邦訳『18世紀パリ生活誌』でも知られる作家で、「革命前の20数年間に、20代後半から40代というもっとも脂ののりきった時期を過ごした作家で、革命の嵐をどうやらくぐり抜け、さらに第一帝政崩壊(1814年3月)をみとどけるまで生きのびた」(メルシエ / 原宏(訳)『18世紀パリ生活誌:タブロー・ド・パリ』(下)岩波書店、1989年、「解説」)人物です。1760年代後半から著述活動を開始し、数多くの小説、戯曲作品を生涯にわたって書き続けたメルシエは、ユートピア小説の先駆けとしても高く評価されている『2440年:またとなき夢』(L’An 2440. Rêve s’il en fut jamais. 1771)の著者としても名を残しています。また、『タブロー・ド・パリ』では、自身が生きたパリの情景をさまざまな角度から鮮やかに活写するなど、18世紀パリ社会史の名手としても高く評価されています。

 本書は、このように18世紀を代表する著作家であったメルシエが数多く残した作品の中でも、まだ20代の時期に発表されたという最初期に属する作品です。タイトルページにはメルシエの名前は見られませんが、彼の作品として確認されている『道徳物語』(Contes moraux, ou les hommescomme il y en peu. Paris, 1768)という作品に収められている、教訓的な含意を込めた小品「レンシ(Rensi)」を底本にしていることは間違いないと思われます。この作品は、副題に「日本の逸話」とあるように、日本を舞台とした大変ユニークな作品で、のちにユートピア作品の先駆けとして高く評価される『2440年』が未来社会を舞台とすることで(当時の)現代パリを逆照射したのに対して、「レンシ」では、日本という空間的に遠く離れた社会を舞台とすることで『2440年』と類似の効果を得ようとした作品であると考えられます。

 この物語は、誠実で実直な官吏であった「シンムー(Sinmu)」とその妻「コーレイ(Korei)」と「トバ(Toba)」、「ジェンボ(Jembo)」、そして「レンシ(Rensi)」という3人の子供達を主要な登場人物として展開される物語のようで、「シンムー」の突然の死によって動揺、困窮する家庭にあって「レンシ」がさまざまな困難に打ち勝っていくというあらすじのようです。物語の冒頭では、日本社会についての概要が舞台設定として述べられていて、太古に遡る歴史を有すること、刑罰が極めて過酷で専制主義的な統治が行われていることや、自死が禁じられておらずむしろ名誉を示す行為として時に積極的になされることなどが紹介されています。こうした舞台設定としての日本社会の記述は、18世紀半ばのヨーロッパにおいて一般的に流布していた日本情報に基づいているものと思われます。

 18世紀のヨーロッパ、特にフランスでは、ケンペル『日本誌』を最大の情報源としながら、日本を題材にしたさまざまな小説、戯曲、比較社会論的考察が著されたことが知られていますが、本書に収録された「レンシ:日本の逸話」も、こうした潮流に属する作品の一つであると考えられます。日本を題材としたフィクション作品は後年その名がほとんど忘却された著者による作品も少なくありませんが、「レンシ:日本の逸話」は、メルシエという同時代を代表する多彩な書き手として現在でも高く評価されている著者による作品であることに大きな特徴と意義があると言えるでしょう。1768年にフランス語で発表されたこの作品に注目し、スウェーデン語に翻訳した訳者については本書は何も記されていませんが、この作品がフランス語圏だけでなくヨーロッパの多言語圏からも注目されていたことを示すこのスウェーデン語版は大変興味深い翻訳版と思われます。