書籍目録

「レンシ:日本の逸話」(『道徳物語』所収)

[メルシエ]

「レンシ:日本の逸話」(『道徳物語』所収)

1769年 パリ刊

[Mercier, Louis-Sébastien]

RENSI, ANECDOTE JAPONOISE. CONTE MORAL. [In] CONTES MORAUX, OU LES HOMMES COMME IL Y EN A PEU.

Paris, Merlin, M. DCC. LXIX.(1769). <AB2022129>

¥132,000

8vo (11.8 cm x 19.7 cm), pp.[i(Title.),ii], iij-vij, [viij(Errata)], pp.[1], 2-246, Contemporary half leather.
L1(pp.161 / 162)の余白部分に破れあり。

Information

『2440年』『タブロー・ド・パリ』の著者として名を残す著名作家による日本を舞台にした知られざる小説作品

 本書は、18世紀後半から19世紀初頭のフランス革命を挟んで大きく変動するフランスにおいて活躍した作家であるメルシエ(Louis-Sébastien Mercier, 1740 - 1814)による比較的初期の作品で、全3編の道徳的な小品を収録しています。本書が大変興味深いのは、日本を題材とした作品「レンシ:日本の物語」が収録されていることで、同時代を代表する著名な作家の一人であるメルシエが、日本を題材とした作品を残していたことはこれまでほとんど知られていないと思われます。

 メルシエは、岩波文庫の邦訳『18世紀パリ生活誌』でも知られる作家で、「革命前の20数年間に、20代後半から40代というもっとも脂ののりきった時期を過ごした作家で、革命の嵐をどうやらくぐり抜け、さらに第一帝政崩壊(1814年3月)をみとどけるまで生きのびた」(メルシエ / 原宏(訳)『18世紀パリ生活誌:タブロー・ド・パリ』(下)岩波書店、1989年、「解説」)人物です。1760年代後半から著述活動を開始し、数多くの小説、戯曲作品を生涯にわたって書き続けたメルシエは、ユートピア小説の先駆けとしても高く評価されている『2440年:またとなき夢』(L’An 2440. Rêve s’il en fut jamais. 1771)の著者としても名を残しています。また、『タブロー・ド・パリ』では、自身が生きたパリの情景をさまざまな角度から鮮やかに活写するなど、18世紀パリ社会史の名手としても高く評価されています。

 本書は、このように18世紀を代表する著作家であったメルシエが数多く残した作品の中でも、まだ20代の時期に発表されたという最初期に属する作品です。タイトルページにはメルシエの名前は見られませんが、彼の作品として確認されているもので、『道徳物語』というタイトルが示しているように、教訓的な含意を込めた小品が収められています。それぞれの作品は、「ソフィー(Sophie)」(pp.1-204)、「ローズ(Rose)」(pp.95-207)、「レンシ(Rensi)」(pp.208-246)という3人の名前をタイトルにしており、この人物を主人公として展開される物語で構成されています。この3作品のうち、最後の「レンシ」は、副題に「日本の逸話」とあるように、日本を舞台とした大変ユニークな作品で、のちにユートピア作品の先駆けとして高く評価される『2440年』が未来社会を舞台とすることで(当時の)現代パリを逆照射したのに対して、「レンシ」では、日本という空間的に遠く離れた社会を舞台とすることで『2440年』と類似の効果を得ようとした作品であると考えられます。

 この物語は、誠実で実直な官吏であった「シンムー(Sinmu)」とその妻「コーレイ(Korei)」と「トバ(Toba)」、「ジェンボ(Jembo)」、そして「レンシ(Rensi)」という3人の子供達を主要な登場人物として展開される物語のようで、「シンムー」の突然の死によって動揺、困窮する家庭にあって「レンシ」がさまざまな困難に打ち勝っていくというあらすじのようです。物語の冒頭では、日本社会についての概要が舞台設定として述べられていて、太古に遡る歴史を有すること、刑罰が極めて過酷で専制主義的な統治が行われていることや、自死が禁じられておらずむしろ名誉を示す行為として時に積極的になされることなどが紹介されています。こうした舞台設定としての日本社会の記述は、18世紀半ばのヨーロッパにおいて一般的に流布していた日本情報に基づいているものと思われます。

 18世紀のヨーロッパ、特にフランスでは、ケンペル『日本誌』を最大の情報源としながら、日本を題材にしたさまざまな小説、戯曲、比較社会論的考察が著されたことが知られていますが、本書に収録された「レンシ:日本の逸話」も、こうした潮流に属する作品の一つであると考えられます。日本を題材としたフィクション作品は後年その名がほとんど忘却された著者による作品も少なくありませんが、「レンシ:日本の逸話」は、メルシエという同時代を代表する著名な書き手として現在でも高く評価されている著者による作品であることに大きな特徴と意義があると言えるでしょう。メルシエが残した膨大な作品の中で、最初期に属する小品であることから相対的に顧みられる機会が少なかったと思われる作品ですが、日本関係欧文図書として大変興味深い1冊と言えるでしょう。

 なお、本書にはさまざまな異刷が存在するようで、店主の知る限りでは本書の前年1768年にパリで刊行されたもの(FRBNF30928602)が初版ではないかと思われます。