書籍目録

『新世界地名大全:あるいは地理学事典』

クラットウェル

『新世界地名大全:あるいは地理学事典』

初版 全3巻(テキスト揃い) 1798年 ロンドン刊

Crutwell, Clement.

THE NEW UNIVERSAL GAZETTEER; OR, GEOGRAPHICAL DICTIONARY: CONTAINING A DESCRIPTION OF ALL THE EMPIRES, KINGDOMS, STATES, PROVINCES, CITIES, TOWNS, FORTS, SEAS, HARBOURS, RIVERS, LAKES, MOUNTAINS, AND CAPES, IN THE KNOWN WORLDS; ...IN THREE VOLUMES.

London, (Printed for) G. G. And J. Robinson, 1798. <AB202227>

Sold

First edition, 3 vols.(complete of text volumes)

8vo(vol.1) / 4to(vol.2 & 3) (13.5 cm x 21.8 cm), Vol.1: Half Title., Title., pp.[I], ii—vii, 319 leaves(not paginated; B-I⁸, K-U⁸, X-Z⁸, Aa-Rr⁸, Ss⁷). / Vol.2: Half Title., Title., 360 leaves(not paginated; B-I⁴, K-U⁴, X-Z⁴, Aa-Ii⁴, Kk-Uu⁴, Xx-Zz⁴, ₃A-₃I⁴, ₃K-₃U⁴, ₃X-₃Z⁴, ₄A-₄I⁴, ₄K-₄U⁴, ₄X-₄Y⁴). Vol.3, Contemporary brown full leather.
[ESTC: 006243285 / T43040]

Information

世界各地の地名を網羅的に収録した「Universal」な地名事典の全巻にわたって頻出する日本の地名記事

 本書は18世紀末にイギリスで刊行された世界各国地域の地名をあつめた世界地名事典です。同時代の類似作品と比べても圧倒的な分量を誇っており、当時のヨーロッパにおいて知られていた世界各地の地名が、「Universal」というそのタイトルが示す通り網羅的に収録されていることに大きな価値があります。本書が日本関係欧文図書として興味深いのは、全巻にわたって日本の地名を解説した記事が散りばめられていることで、18世紀末のヨーロッパにおける日本の地名の認識状況や位置付けを知ることができるだけでなく、同時代の日本関係図書を読み解く際の参考資料としても大いに活用できるという点にあります。

 本書の著者クラットウェル(Clement Crutwell, 1743 - 1808)は、医師として働き始めたのちに程なくして書籍編集者となり、やがて本書がその集大成となる地名研究とその出版に勤しんだことで知られています。クラットウェルは本書刊行以前にフランス地名事典(1793年)、オランダ地名事典(1794年)を矢継ぎ早に刊行しており、本書はこれらに続いて、その対象を全世界に広げた世界地名事典です。この作品は各巻350ページ前後で全3巻からなる非常に大部の著作で、文字通り「Universal」な地名辞典の名に相応しいだけの内容を備えていることがわかります。本書以前にもこうした地名事典は、英語だけでなく様々な言語で刊行されていましたが、本書のように全3巻からなる分量で、当時ヨーロッパにおいて知り得ることができたありとあらゆる地名を一つの作品にまとめ上げた作品は他になく、本書は18世紀末時点のヨーロッパにおける世界地理の知見が凝縮された非常に質の高いユニークな作品であると言えます。テキストでは地名だけでなく、その特徴や位置などについてもクラットウェルが知り得た範囲で簡潔にまとめられており、それぞの地名が当時どのような場所として認識されていたのかを知ることができます。

 本書が非常に興味深いのは、「Universal」をうたう著者によって全巻にわたって日本の地名がふんだんに収録されていることで、当時ケンペル『日本誌』を筆頭としたヨーロッパにおける日本研究によってもたらされていた日本の地名が、ほぼ全て収録されているのではないかと思われることです。一例として、第1巻において店主が確認し得た限り(おそらく見落としも多数あると思われる)日本の地名を列挙してみますと下記の通りとなります。

* 網干(Abosi)
* 会津(Aizu)
* 安芸(Aki)あら(Ala、店主には理解できず。薩摩にある町名とされている)
* あらんぽう(Alampou、店主には理解できず。日本の王国の一つ、別名Ningoとされている。)
* 天草(Amacusa)
* 山口(Amaguchi)
* あなすたみあ(Anastamia、店主には理解できず。日本における重要な港町の一つで、木材が取引されている、となっている)
* 安土山(Azuquiama)
* 秋田(Aqui, or Qauita)
* 有馬(Arima)
* 新井?(Arrai、店主には特定できず。JensijuのTootomiという地域にある町名、とされている)
* あすから?(Ascara、店主には理解できず。下野(Simodsuke)にある町名、とされている)
* 阿蘇(Aso)
* 浅井(Assai)
* 阿波(Awa)
* 備後(Bingo)
* 備中(Bitchu, or Bitcou)
* 豊後(Bungo)
* かんばざ?(Cambaza、店主には理解できず。越後(Jetsingo)にある町名、とされている)
* 蒲生?(Cammoo、近江(Oomini)にある町名、とされている)
* 野母岬?(Cape Nebo,日本海にある岬、とされている)
* ディーメン海峡(Diemen(Straits of)、大隈海峡のこと)
* 出島(Disma)
* 博多(Facala, or Fukate)
* 播磨(Farima, or Bamsju)
* 八丈島(Fatsisio)
* ふぃげる?(Figer, or Fisju、店主には理解できず。豊かで富んだ日本の地域、とされている。後掲の肥後ことか?)
* ふぃぎ?(Figi、店主には理解できず。下(Ximo)にある町名、とされている。
* 肥後(Figo, or Fisju)
* 群馬(Gumma)

 第1巻だけでざっと店主が目につく地名を列挙するだけでも、上記のようにかなりの記事数となることがわかります。店主には記されている地名で理解できないものも多数ありますが、記事内容の誤りも含めて本書に収録されたこれらの膨大な数の日本の地名記事からは、当時のヨーロッパにおいて日本各地のどのような地名が当時どのように綴られ、認識されていたのかを理解する手がかりを得ることができるでしょう。また、「Universal」をうたっている本書だけに、世界各地の他の地名の記事を比較、参照しながら、相対的に当時のヨーロッパにおける日本の地名の位置付けを知ることができるという点でも、本書のこうした記事は大変貴重であると考えられます。当時のヨーロッパにおいて知られていた日本の地名を網羅的に収録している本書は、同時代の日本関係図書を読み解く際の参考資料としても大いに活用できるもので、その資料的価値はかなり高いのではないかと思われます。さらに、本書では地名だけでなく、「Japan」のように日本全体についてのかなり長文の記事が収録されており、また他国、地域の地名を解説する記事において、日本について言及されることも多く、本書自体が日本関係欧文図書として豊かな内容を備えていると言えます。

 このように当時にあって画期的な世界地名事典となった本書ですが、刊行後大きな反響を呼んだようですぐさま初版本は売り切れたと伝えられています。クラットウェルはこうした反響を受けて、初版本をすぐさまそのまま再版するのではなく、増補改訂を加えた改訂版を刊行することを計画し、そのための準備作業に没頭したようですが、残念ながらその準備中に急逝することとなり、ついに彼の生前に改訂版が刊行されることはありませんでした。そのため、この初版本は画期的な作品として高い評価を得ながらも、生前唯一クラットウェルが手がけた作品となってしまい、現存するものは極めて少なくなってしまっているようです。ESTC(English Short Title Catalogue)によりますとイギリスや北米の研究機関には一定の所蔵が確認できるようですが、日本国内には全く所蔵されておらず、また18世紀の英語刊行物を網羅的に収録したデータベースECCO(Eighteenth Century Collections Online)にも収録されていないという稀有な作品となっており、本書は原著でしかその内容が確認できない作品となっています。その希少性においても本書は現存する大変貴重な書物と言ってよいでしょう。

 なお、本書は、こうした網羅的な全世界の地名集とその解説をテキストとする一方で、タイトルページに記されているように26枚の地図が付されるはずでしたが、実際にはこの地図は別巻のフォリオ判の地図帳として刊行されたようで、本書には残念ながら地図は収録されていません。