書籍目録

『世界中のローマ・カソリック教会の布教状況についての報告:布教聖省においてイノケンティウス11世のために作成されたイタリア語未公刊文書より』

チェッリ / スティール [ホードリー](編訳)

『世界中のローマ・カソリック教会の布教状況についての報告:布教聖省においてイノケンティウス11世のために作成されたイタリア語未公刊文書より』

第2版 1716年 ロンドン刊

Cerri, Urbano / Steele, Richard [Hoadly, Benjamin] (Trs. & ed.)

AN ACCOUNT Of the STATE of the Roman-Catholick RELIGION Throughout the WORLD. Written for the Use of POPE INNOCENT XI. By Monsieur Cerri,…Now first translated from Authentick Italian MS. never Publish’d….

London, (Printed for) Roberts, MDCCXVI.(1716). <AB202223>

Sold

Second edition

12mo (9.3 cm x 16.0 cm), Half Title., Title., pp.j-iv, j-lxx, i-viii, 1-202, j-ix, Later brown full leather.
[ESTC: 006329325 / T57999]

Information

ヴァチカン中枢からの未公刊文書の英訳とされロンドンで刊行された異色の作品において登場する日本関係記事と慶長遣欧使節

 本書は、教皇イノケンティウス9世のために書かれたヴァチカンの未公刊内部文書を英訳したと称する作品で、布教聖省の秘書官であったとされるチェッリ(Urbano Cerri)が、執筆当時の世界中におけるカトリック教会の布教、勢力状況を教皇に説明する目的で著した作品であるとされています。タイトルページや序文において書かれている本書のこうした由来はおそらく虚偽と思われるもので、実際には編者としてその名前が明記されているスティール(Richard Steele、ただしこれもまた偽名で、実際にはBenjamin Hadlyと推定されている)が創作した偽書であろうと考えられる異色の作品です。この作品は教皇に対して世界各地のカトリック教会の状況を報告すると称しつつも、その筆致はかなり教皇やカトリックそのものに対してかなり批判的で皮肉が随所に盛り込まれており、ヴァチカンの内部文書とは考えにくい内容となっています。

 本書が興味深いのは、このユニークな背景を持つ作品にあって独立して日本を論じる章が設けられている(129ページから)ことです。ここではフランシスコ・ザビエルの布教以降、日本では60万人を超える改宗者が生まれるほどの成功を収めたにもかかわらず、その後の厳しい弾圧によって日本のカトリック教会は極めて厳しい状況に置かれてしまっていることが述べられています。その直接的な原因として挙げられているのは、スペイン王が宣教師を植民地化の尖兵として、アメリカ大陸をはじめとして世界各地に派遣しているということをオランダ人が日本の皇帝に進言したことで、また実際にそれを裏付けるようなビスカイノによる測量や軍事演習が行われたことによって、皇帝がキリシタンの迫害を決断するに至ったと論じられています。また皇帝のキリシタンに対する猜疑心が高まっている時期に奥州からローマへと使節団が送られたこと(慶長遣欧使節)も皇帝にキリシタン弾圧を決断することを促したとも言われています。その結果、日本国内ではキリシタン弾圧の嵐が吹き荒れ、大半の信者は殉教を余儀なくされたと説明されていて、こうしたことが起きた責任はイエズス会をはじめとした修道会の(不適切な)布教活動と、公然と交易にも手を染めたことにあると批判しています。その一方で、日本国内では、日本の信徒たちが自身で助け合ってキリスト教団を維持するための努力をなんとか続けており、彼らを助けるためにドミニコ会をはじめとした修道会が再渡航を試みていると述べられています。

 本書は、その成立自体からして非常に興味深い背景を有する作品ですが、その中に上記のような大変ユニークな日本論が掲載されていることは注目に値するでしょう。著者がどのような情報源に基づいてこうした記事を執筆したのかを調べることを含めて、研究すべき興味深い課題を有する興味深い日本関係欧文図書と言えそうです。なお、本書は一定の反響を呼んだようで、本書は初版(1715年)の翌年に刊行された第2版で、さらに1724年にももう一度再販されていることを確認できます。さらに、本書刊行と同年の1716年にはフランス語訳版までもが刊行されています。