書籍目録

『地理学の鑑』

メンドーサ

『地理学の鑑』

全2巻(揃い) 1690(第1巻),1691年(第2巻)  マドリッド刊

Mendoza, Hurtado de.

ESPEJO GEOGRAPHICO, EN EL QVAL SE DESCVBRE, breve, y claramente, assi lo cientifico de la Geographia, como lo Historico, que pertenece à esta tan gustosa, como noble, y necessaria Ciencia…

Madrid, Juan Garcia Infanzon, 1690(vol. 1) / 1691(vol. 2). <AB202219>

Sold

2 vols.(complete) First & only edition.

8vo (10.0 cm x 14.5 cm), Vol.1: Half Title., Title., 11 leaves, pp.1-112, (113), 114-(216), 217-263, 6 leaves(Indice), 3 folded plates. / Vol2: Title., 4 leaves(Indice & erratas), pp.1- 392, 12 leaves(Tabla), Contemporary parchment.
刊行時のものと思われる装丁で、折り込み図面、本文中の可動式図版も現存しており、状態は非常に良好。

Information

17世紀末におけるスペインとカソリック教会(イエズス会)の宇宙観・世界観が反映された地理学書に記された日本

 本書は、カソリック(イエズス会)の宇宙観に基づいて展開された地理学書で、地球全体を天文学、自然地理学、人文・社会・歴史地理学の3つの視点から論じた作品です。1690年から1691年にかけて王都マドリッドで出版された本書は、すでに衰退しつつあったとは言え、大航海時代の主役であったスペイン帝国と、大航海時代の展開に不可欠の要素であった布教活動を強力に進めたイエズス会の当時の宇宙観、世界観を、明快に反映させた作品で、その中に日本についての記述も登場するという大変興味深い著作です。 

 16世紀以降、その勢力を急速に上しつつあったイエズス会は、教育、研究機関の設置にも熱心に取り組んだことでも知られており、ヨーロッパ各地において教育、研究機関を次々と設立していきました。スペインにおいては王都マドリッドにおいて、スペイン王室の強力な庇護を受けて1625年に、マドリッド帝国大学(Colegio Imperial de Madrid / Colegio Imperial de Comañía de Jesús)が設置され、この帝国大学は創設以後スペイン国内におけるエリート教育と研究機関の中心的役割を担う屈指の機関として強い影響力を持つようになりました。マドリッド帝国大学では、地理学、天文学、数学などの自然科学が熱心に教育、研究されたことが知られていますが、これは、マドリッド帝国大学がカソリックの世界観に基づいた宇宙論を科学的に立証するといった神学的な動機に基づく使命を帯びていたことや、大航海時代以降にイエズス会の強い関与によって世界各地からもたらされた「新世界の情報」を体系的に整理、解明することが課せられていたこと、また安全な航海に欠かせない水路学や天文学、地理学の発展という実学的な使命をも課せられていたことがその背景にあります。『地理学の鑑』と題された本書は、まさにこうした背景のもとに著された著作を代表するもので、カソリックの見解(特にイエズス会の見解)に基づく宇宙観を科学的に説明しつつ、自然、人文、歴史地理学を網羅的に論じた内容となっているところに大きな特色があります。

 本書の著者であるメンドーサ(Pedro Hurtado de Mendoza)は、その生涯について謎が多く、偽名を用いて著した作品があることが指摘されているなど不明な点が多い人物ですが、17世紀半ばのスペインを代表する地理学、幾何学、天文学者で、マドリッド帝国大学において生涯を通じて活躍したサラゴサ(Joseph Zaragoza)、ないしはその後継者から大いに薫陶を受け、イエズス会の強い影響の元にあったことが推定されています。本書はその彼の主著の一つと目されている作品で、著者がまだ若年であったと考えられている1690年から1691年にかけてマドリッドで出版されています。

 本書は先に述べたように、イエズス会の見解に基づいた宇宙論を科学的に解明、説明しつつ、世界各地の地理情報を、自然、人文、歴史地理学といった多面的な視野から包括的に論じようとした作品で、いわば当時のイエズス会、並びにスペイン王室の「公式の世界観」を表明した内容となっている点に大きな特色があります。メンドーサは、地理学は、3部門に分けて考察されるべきであるとして、まず第一に、宇宙論、天文学、幾何学的的な観点から論ずること、第二に、陸地や海洋といった自然科学的観点から論ずること、そして第三に、人文・社会、歴史学的な観点から論ずること、と述べ、この3つの視点に応じて本書は3部門で構成されています。

 1690年に刊行された本書の第1部を収録する第1巻は、地球全体の幾何学的、天文学的な解明を主題としていて、地球の大きさや球体論、緯度経度の問題が論じられています。彼はカソリックの宇宙観(天動説)に基づいて議論を展開しつつ、それと基本的には相容れないコペルニクスの地動説も「ひとつの仮説」として詳細に検証しており、自身の立場と反対する学説であってもできる限り受け入れて合理的に説明しようとする姿勢をとっています。この第1部では地球の各地でさまざまに異なる気候が存在することの説明とその理由の解明、当時の大きな難問であった経度測定についての議論などを展開しています。

 第1部に続く、第2部と第3部は、第1巻が刊行された翌年1691年に同じ出版社からマドリッドで出版されています。第2部は、地球を陸地(大陸)、半島、島、海洋、湖、川といった自然科学的に応じて分類して論じています。ここで彼は当時彼が入手できたさまざまな地図史料を用いながら論を展開しているようで、スペイン、オランダやオランダ、イギリスといった国々によって世界各地への航海を行った際に作成された各地の最新地図を駆使して、できるだけ正確な記述となることを心がけつつ、自身の合理的な説明と地図の情報が一致しない際は、地図の誤りを指摘したりもしています。この第2部は基本的に自然科学的な地球の説明を主としたものですが、興味深いことに、大陸以外の島々や島嶼部については、そこに位置する国や社会についての考察も含まれています。世界各地の国や地域についての人文・社会・歴史学的な観点からの解説というのは、後述するように第3部で論じられるべき主題ではありますが、島や島嶼部に位置する国や地域については、この第2部においてそのような議論が展開されています。そして、島国である日本についても、まさにこの第2部において扱われていることに注意が必要です。

 本書における日本の記述は、主に83ページから展開されています。ここではまず日本の位置についての議論から記述が始められていて、日本が北緯31度から41度、東経170度から187度の間に位置すると説明されています。これは一見すると大きく誤っているように思われますが、緯度については、蝦夷(現在の北海道)は日本に属する地域として認識されておらず、またそもそも蝦夷の位置や輪郭自体がほとんど明らかにされていなかったことを考慮すれば、概ね正確な記述であると言えます。また、経度については、当時は現在のように(通称)グリニッジ子午線が標準化されておらず、プトレマイオスによって世界の最果てとされていたカナリア諸島のフェロ島(グリニッジ子午線によると西経約17度)を子午線としていることに鑑みると、幾分正確な数字に近づきますが、それでも現在の数字からはかなり隔たりがあります。ただ、著者メンドーサが当時用いることができたであろう当時の日本を描いた西洋製地図の多くは、フェロー子午線を基準に東経170度から187度前後の間に日本を描いていることから、むしろこうした数字は著者が当時の西洋製日本図をよく確認していたことの現れともいえるでしょう。

 日本の名称については古代においてはそもそも日本の存在が知られておらず、正確な名称についてもさまざまな変遷があったが、最終的に「日本(Niphon)」という名称であることが確定しており、これは同帝国の最も大きな島(本州)の名称に由来する、と解説しています。日本は、無数の島々が広がる国であるが、別名Xingocu(神国?店主には理解できず)とも呼ばれる日本(本州)、下、豊後、あるいは西国(Ximo, Bungo, ò Saicocu、九州のこと)、そして四国、あるいは土佐(Xicocu, ò Tokoesi)という3つの主要な島々で構成されており、その北方には蝦夷(Jezo)があると解説しています。続いてそれぞれに位置する国々や主要都市について簡単に述べられており、日本の教皇である内裏(Dayri)の住む京(Meaco)、皇帝の住む江戸(Jedo)などの名が挙げられています。日本の主要な農産物は米、麦などの穀物で、金・銀の鉱物資源に富んでおりその産出量はほとんど信じ難いほどであると述べ、江戸には皇帝の宮殿以外に無数の人家が密集していることや、生息する山河や動植物についても論じられています。続いて、日本の歴史について話題が及び、主にザビエル渡来以降、日本に信仰が広められたが、オランダ人らの謀略により現在は締め出されてしまっていると述べています。また、現在の日本は六十六の諸国に分かれており、それぞれの領主の権力が絶大であること、その頂点に内裏より権力を簒奪した皇帝が存在することなどが説明されています。第2部ではこうした充実した日本関係記事に加えて、「極北に位置する諸島」と題した章において、蝦夷が独立して取り上げられており(p.26-)、日本の北部に位置する島としての蝦夷地についても論じられています。

 第2部に続く第3部では、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの四大陸に存在する各国、地域についての解説となっていて、もちろんヨーロッパ各国についての記述が最も充実した内容になってはいますが、いずれの国々、地域も概ね上述した日本の記述と同じように、地理情報や気候、地形といった自然条件、政治、社会状況についての解説、といった内容で論じられています。また、第2巻巻末には全2巻分の索引が設けられており、本書で論じられている国や地域をすぐに見つけ出すことが可能となっています。

 本書はこのように、17世紀後半のスペイン、カソリック教会(イエズス会)の宇宙観、世界観に基づいて、できる限り合理的、かつ明快に、地球全体を3つの視点から体系的に論じようとした作品で、いわば当時のスペイン、カソリック教会の地理的、天文学的世界観を、そのタイトル通り鑑のように映し出し。表現しようた作品であると言えます。またこうした強い神学的な背景を有する宇宙観、世界観に基づきつつも、それと同時に当時最新のコペルニクスの地動説についても積極的に論ずるといった科学的、合理的な姿勢にも貫かれているという、「科学の世紀」と呼ばれる17世紀をスペインにおいて体現したような作品でもあります。こうした大きな転換期において著された優れた世界地理学書において、日本が論じられているということは大変興味深く、その世界観をより詳細に解明することと合わせて、本書は日本関係欧文図書としても研究すべき素材を豊富に含んだ重要な作品であると考えられるでしょう。

 なお、本書は第1巻と第2巻とが別々に刊行されたということもあってか、両巻を揃えて所蔵している研究機関は、国内において皆無であるだけでなく、世界的に見ても非常に限られているようです。特に日本関係記事がまとまって収録されている第2巻は特に希少となっているようで、こうした希少性に鑑みても、全2巻が揃っており、また図版等も完備している本書は大変価値ある現存本であると言えそうです。

*本書については、下記の論文でも論じられており、大いに参考になります。

Horacio Capel.
La geografía como ciencia matemática mixta. La aportación del círculo jesuítico madrileño en el siglo XVII.
(In Geo crítica. Cuadernos criticos de geografia humana. Año V. Número 30. 1980.)
http://www.ub.edu/geocrit/geo30.htm

Eduardo Quintana Salazár.
El espejo geográfico de Pedro Hurtado de Mendoza, 1960; O sobre cual debe ser la pstura del cientíefico ante las discusiones sobre los sistemasdel mundo.
(Memoria XVIII 2005. Encuentro Nacional de Investigadores del Pensamiento Novohispano.)
https://www.iifilologicas.unam.mx/pnovohispano/uploads/memoxviii/05_art_98.pdf