書籍目録

『歴史研究の新しい方法:これまでに存在したいかなるものよりも簡明で完全な歴史学の進歩のための手引きのすすめ』

ラングレ・デュフレノワ / ローリンソン(訳)

『歴史研究の新しい方法:これまでに存在したいかなるものよりも簡明で完全な歴史学の進歩のための手引きのすすめ』

英訳版 全2巻(揃い) 1728年 ロンドン刊

Lenglet Du Fresnoy, Nicolas / Rawlinson, Richard (tr.).

NEW METHOD OF Studying HISTORY: Recommending more EASY and COMPLETE INSTRUCTIONS FOR IMPROVEMENTS in that SCIENCE Than any hitherto Extant: With the whole Apparatus necessary to Form a PERFECT HISTORIAN. In Two VOLUMES….

London, (Printed for) W. Burton / (Sold by) J. Batley and others, M.DCC.XXVIII.(1728). <AB2020207>

Sold

First and only edition in English.

2 vols. 8vo(12.0 cm x 19.5 cm), Vol.1: Title(for both vols.), Title(for vol.1)2 leaves, pp.[I], ii-xxii, pp.[23], 24-360, 4 leaves(Table & Index). Vol2: Title.(for vol.2), pp.[1-3], 4-550, 25 leaves(Table & Index), Modern full leather.
旧蔵者の蔵書票あり。比較的近年に施されたと思われる革装丁で状態は極めて良好。[ESTC: 006406407 / T139625]

Information

歴史学の方法論を明快に提示した名著の英訳板に記された日本情報、サルマナザールの著作による日本におけるオランダ人についての解説

 本書は1728年にロンドンで刊行された作品で、歴史学の方法論について詳細、かつ明快に論じた作品で、著者の博覧強記ぶりを示す各種参考文献目録も備えた書物です。著者ラングレ・デュフレノワ(Nicolas Lenglet Du Fresnoy, 1674 - 1755)は18世紀前半を代表するフランスの歴史家で、地理学、歴史学に関する数多くの作品を残したことで知られています。本書はラングレ・デュフレノワのフランス語の著作を英訳したもので、訳者であるローリンソン(Richard Rowlinson, 1690 - 1755)による注釈が新たに付け加えられています。本書は、ヨーロッパにおける歴史学が聖書史学の多大な影響を徐々に脱して今日の意味での「科学的」な学問へとなっていく過程の分水嶺となったとも言える画期的な作品で、歴史学の方法論を明快に示したことに大きな意義が認められます。本書はヨーロッパの歴史だけでなく「世界のそれ以外の地域」の歴史とその論じ方、各種参考文献についても記しており、大変興味深いことにそこには日本史についてまとまって言及した記述を見ることができます。

 ラングレ・デュフレノワは早くから優れた歴史家、地理学者として名声を得ており、各方面から彼を用いようとする声がありましたが、自身がなんらかの党派的立場に置かれることを嫌い、独立性を重んじて著作の執筆と刊行にその生涯を費やしたことが知られています。その歯に絹着せぬ姿勢から、バスティーユ監獄への5度の投獄を経験するなど多難な人生ではありましたが、集成変わらぬ姿勢を貫いた彼の作品の多くは、フランスをはじめとしたフランス語圏で版を重ねただけでなく、イタリア語やドイツ語、そして本書のように英語訳を含めた各国語に翻訳されるなど、ヨーロッパ全体に大きな影響を与えました。本書は彼の主著の一つと目される歴史学のあるべき方法論について論じた作品(Méthode pour étudier l’histoire …Paris, 1714)を英訳したもので、1728年に2巻本としてロンドンで刊行されています。

 訳者であるローリンソンもまた当時を代表する考古家、歴史研究家として名を馳せていたことが知られている人物で、ラングレ・デュフレの作品に感銘を受けて本書を英訳することにした旨が訳者序文に記されています。ローリンソンは、ラングレ・デュフレノワをフランスにありながら宗教的権威に慮ることなく、普遍不当の立場で本書を著していること、それがゆえにこの作品はローマでは不興を買いすらしたことを述べ、この作品がいかに例外的に重要な作品であるかを強調しています。ローリンソンはこの英訳版に際して、原著フランス語版だけでなく、ドイツ語訳版も参照したようで、さらに自身が必要と考えた注釈を本文下部の欄外に加えています。この注釈はもちろん原著にはないもので、時にこの注釈が本文を上回る分量になっていることさえあり、この英訳版独自の内容となっています。

 本書は全2巻からなりますが、第1巻が本体編ともいうべきもので、ラングレ・デュフレノワによる歴史学の方法論が展開されています。第2巻は、1巻まるごとが参考文献目録となっていて、ラングレ・デュフレノワの博覧強記ぶりを示すとともに、当時参照されていた主要な歴史学の文献を知ることができる大変貴重な記録となっています。本体編ともいうべき第1巻は現代の視点から見ても大変魅力的な内容となっていて、ローリンソンの優れた英訳と相まって、読者を引き込む軽妙な筆致でありつつ、その主張が実に明快に展開されています。序文において、ラングレ・デュフレノワは「歴史学」を標榜しつつも、その内容や叙述方針が全く適切でない作品が多く見られることや、歴史学の教育が誤ってなされていることなどに強く警鐘を鳴らしつつ、そもそも歴史を学ぶ意義とは何かという根本的な問いを読者に投げかけています。また、歴史を学ぶ者は、自分自身が置かれている環境をよく自覚することが非常に重要であるとして、知らず知らずのうちに自分の置かれている環境が、歴史書の読解に多大な影響を及ぼすことがあることに注意を促しています。こうした魅力的な序文に続いて本文が展開されることになりますが、参考までにこの第1巻の目次を示すと下記のようになります。

第1章:歴史を学ぶ際に掲げるべき目的とは(p.23-)
第2章:歴史学に先行(して習得)すべき諸科学について(p.26-)
 第1節:地理学について(p.27)
 第2節:世界の習慣、風俗、宗教についての学問について(p.30-)
 第3節:年代記について(p.32-)
第3章:歴史を読む際に遵守すべき方法とは(p.39-)
第4章:聖書史(Sacred history)について(p.44-)
第5章:エジプト史について(p.48-)
第6章:ギリシャとアッシリアの歴史について(p.51-)
第7章:ローマ史について(p.55-)
第8章:(ローマ帝国以後の)新しい君主国の歴史について(p.61-)
第9章:フランス史について(p.69-)
第10章:東西ローマ帝国史について(p.91-)
 西ローマ帝国について
  第1節:ドイツ帝国について(p.92-)
  第2節:公法学、帝国の状態についての学問、ならびにドイツ史の知見のために必要なドイツの自由について(p.102-)
  第3節:ドイツ帝国の歴史について(p.114-)
 東ローマ帝国について(p.127-)
第11章:ヨーロッパの他の諸王国の歴史について(p.133-)
 第1節:スペインとポルトガルの歴史について(p.133-)
 第2節:イタリア史について(p.138-)
 第3節:スイスとオランダの歴史について(p.145-)
 第4節:イングランド、スコットラン、アイルランドの歴史について(p.156-)
 第5節:ロシア(Moscovy)史について(p.171-)
 第6節:ポーランド史について(p.173-)
 第7節:スウェーデン史について(p.175-)
 第8節:デンマーク史について(p.179-)
第12章:世界の他の地域の歴史について(p.181-)
 *日本史についての記述はこの章(p.184-)に含まれている。
第13章:諸州、都市、修道会、軍事組織(religious and military orders)、名家、偉大な人物、学芸(arts and sciences)の歴史について(p.196-)
 第1節:諸州の歴史について(p.196-)
 第2節:修道会と軍事組織の歴史について(p.197-)
 第3節:名家の歴史について(p.201-)
 第4節:著名な人物たちの歴史について(p.212-)
 第5節:学芸の歴史について(p.217-)
第14章:歴史において有用な助力となるものについて(p.221-)
 第1節:記憶について(p.221-)
 第2節:書簡について(p.225-)
 第3節:(外交)交渉と平和条約について(p.229-)
 第4節:称賛演説と弔辞について(p.230-)
 第5節:機密史について(p.232-)
 第6節:風刺について(p.233-)
 第7節:バーレスク(戯画)について(p.236-)
第15章:歴史の研究に役立つその他の助力となるものについて(p.236-)
 第1節:人物(Character)について(p.236-)
 第2節:碑文、メダルについて(p.241-)
第16章:子どもに歴史を教える際に従うべき教え方について(p.248-)
第17章:歴史についての書物を読む際に払われるべき諸注意(p.259-)
第18章:良い歴史家と悪い歴史家の特徴(p.275-)
第19章:歴史的事実を判断するための諸規則(p.289-)
第20章:偽作の発見のための諸規則(p.304-)
第21章:偽造された事実や虚偽、あるいは偽作、ならびに偏向した歴史の書物の用い方(p.316-)

 ラングレ・デュフレノワは、いわゆる国家を主体とした歴史を基軸にしつつも、そこにおいて宗教の問題をどのように扱うのかという非常に微妙でデリケートな問題について正面から論じつつ、ヨーロッパ外の地域の歴史にも目を配り、また国家の枠組みだけでなく地域や、修道会といった異なる主体を軸にした歴史や、学問や芸術の歴史といったいわば社会史的な歴史にも言及し、さらには偽書や偽作の扱い方まで論じており、実に包括的、かつ明晰な体系に基づいて論を展開しています。聖書の記述を歴史的事実として普遍的な全世界の歴史を描こうとする「普遍史」の試みには、大航海時代以降にヨーロッパにとっての世界の地理範囲が格段に広がっていくと同時に、聖書記述を普遍的真理として歴史を描くことから、時間的にも空間的にもあらゆる地域と人の歴史を網羅するという、百科全書的な歴史記述へと、その性格が徐々に変化していきます。18世紀はまさにこうした歴史学の「世俗化」、今日的な意味での「科学化」が進んだ時代と言えますが、本書はこの時代にあって、歴史学のあるべき姿、方法論を明確に提示したことに大きな意義があると言えます。ラングレ・デュフレノワは、世界の事象を時間軸で捉えようとする歴史学にとって、同じく世界の事象を空間的に捉えようとする地理学の習得は必須であるとも主張しており、まさに世界全体を時間と空間の双方において包括的、かつ明晰に捉えようとしているラングレ・デュフレノワの態度は、この時代の空気を示すものでしょう。

 本書第1巻第12章「世界の他の地域の歴史について」は、ヨーロッパ以外の世界各地の歴史を論じた章ですが、大変興味深いことに日本史についてもかなりの分量が割かれて論じられています。ラングレ・デュフレノワは、日本史が興味深いのはキリスト教との関係においてであると述べ、日本の歴史を主にその宗教史の点から論じています。日本が偶像崇拝の国であることや、かつては数多くのキリスト教徒がいたが弾圧に転じてからはむしろキリスト教を忌み嫌っており、激しい宗教的弾圧が続いていることなどを紹介しています。その結果、ヨーロッパ諸国は日本から締め出されることになりましたが、その例外がオランダで、日本の人々はオランダの人々が無神論者であると信じている、などと論じています。こうした独自の記述はそれ自身で興味深いものですが、本書はさらに興味深いことに訳者ローリンソンによって長文の注釈が付されています。この注釈は、オランダが日本との交易を維持するために日本で何をしているかを詳しく論じたもので、現在では世紀の偽書として名高いサルマナザール『フォルモサ』中の記述を引用しています。この記述はもちろんこの英訳版ならではのもので、反オランダ的な立場から挿入されたと思われる大変興味深い記述です。

 本書第2巻は、第1巻で論じられたことに沿う形で、それぞれ参照すべき膨大な文献が整理されて掲載されています。しかも各作品にはラングレ・デュフレノワによるコメントまでもが付されていて、著者の立場や作品の価値、重視すべき版といった実用上欠かせない貴重な情報が散りばめられています。この文献目録は、歴史学についての18世紀前半のヨーロッパにおける包括的な文献目録と言えるほど充実した内容となっていて、当時の文献の用いられ方を知ることができるだけでなく、現代の視点から見てもなお非常に示唆に富む記述となっています。また、この第2巻では第13章(p.76-)イエズス会の歴史についての文献案内をはじめとして、日本と関わりの深い各修道会の歴史に関する文献が掲載されている他、第2巻55章アジア史に関する文献案内の中に、日本史に関する文献案内(p.510-)までもが掲載されていて、日本関係欧文図書としても非常に興味深い内容となっています。

 ラングレ・デュフレノワによる歴史学方法論は、初版刊行後幾度も増補改訂が繰り返され、彼が重視した地理学を取り込む形で世界地図帳を備えた増補版が刊行されるなど、18世紀を通じて広く読まれ後世に大きな影響を与えることになりました。本書英訳版もこの作品の広範な影響を物語る作品の一つと言えますが、上述のように訳者ローリンソンによる独自の注釈が付されているなど、英訳版独自の意義があることに加え、仏語原著に比べて現存数が著しく少ないことから、その希少性の点においても非常に貴重な作品ということができるでしょう。

第1巻。
見返し部分には旧蔵者の蔵書票が貼り付けられている。
2巻全体のタイトルページ。
第1巻タイトルページ。
訳者による読者への序文。この著作がいかに優れた作品であるかや、英訳に際して用いた底本や注意点などについて記してある。
原著序文。「歴史学」を標榜しつつも、その内容や叙述方針が全く適切でない作品が多く見られることや、歴史学の教育が誤ってなされていることなどに強く警鐘を鳴らしつつ、そもそも歴史を学ぶ意義とは何かという根本的な問いを読者に投げかけている。
出版社から読者への覚書。内容を改竄した海賊版が流通していることに注意を促しているようである。
本文冒頭箇所。第1章:歴史を学ぶ際に掲げるべき目的とは(p.23-)
第2章:歴史学に先行(して習得)すべき諸科学について(p.26-)
第11章第4節:イングランド、スコットラン、アイルランドの歴史について(p.156-)
第12章:世界の他の地域の歴史について(p.181-)
中国史について論じた箇所。
日本史についての記述はこの章(p.184-)に含まれている。ラングレ・デュフレノワは、日本史が興味深いのはキリスト教との関係においてであると述べ、日本の歴史を主にその宗教史の点から論じている。
テキスト下部の訳者注釈では、オランダが日本との交易を維持するために日本で何をしているかを詳しく論じたもので、現在では世紀の偽書として名高いサルマナザール『フォルモサ』中の記述を引用して紹介している。
本文では旅行家として名高く、日本におけるキリスト教弾圧の様子をその著作で伝えたタヴェルニエ(ただし自身は来日経験なし)の著作を引用するなど、日本史に対する著者独自の見解が非常に興味深い。
第13章第2節:修道会と軍事組織の歴史について(p.197-)
第14章:歴史において有用な助力となるものについて(p.221-)
第16章:子どもに歴史を教える際に従うべき教え方について(p.248-)
第17章:歴史についての書物を読む際に払われるべき諸注意(p.259-)
第18章:良い歴史家と悪い歴史家の特徴(p.275-)
第21章:偽造された事実や虚偽、あるいは偽作、ならびに偏向した歴史の書物の用い方(p.316-)
本文に続いて英訳独自の付論として、著作家、歴史家として名高いスキピオーネ・マッフェイ(イエズス会の著作家として著名なマッフェイとは別人)の古銭論の英訳を掲載している。
目次は巻末に掲載されている。
詳細な索引も備える。
第2巻。
第2巻タイトルページ。
第2巻序文。
本書第2巻は、第1巻で論じられたことに沿う形で、それぞれ参照すべき膨大な文献が整理されて掲載されている。
各作品にはラングレ・デュフレノワによるコメントまでもが付されていて、著者の立場や作品の価値、重視すべき版といった実用上欠かせない貴重な情報が散りばめられている。
第13章(p.76-)イエズス会の歴史についての文献案内をはじめとして、日本と関わりの深い各修道会の歴史に関する文献が掲載されている。
アジア史に関する文献目録冒頭箇所。
中国史に関する文献目録冒頭箇所。
日本史に関する文献リストも掲載されている。
第2巻の目次。
著者別の索引が巻末に掲載されている。
比較的近年になって再装丁が施されているようで非常に状態は良い。