本書は、ザビエルが日本渡航を決意するきっかけとなったアンジローとの出会いについて記した1548年から、天正遣欧使節がヨーロッパで盛大に迎えられた1585年に至るまでの、日本へ布教に訪れた宣教師たちが認めた書簡をドイツ語に翻訳して編纂したものです。全3巻の構成で1795年から1798年にかけて順次アウグスブルクで刊行されたもので、本書では全3巻が1冊にまとめて綴じられています。宣教師の報告や年報は、彼らが実際に活動していた16世紀以降ヨーロッパ各地で様々な言語に翻訳されて刊行されていますが、ドイツ語によるこれだけまとまった日本書簡集はそれまでになく、本書において初めて完成したのではないかと思われます。
本書中にその名前は見えませんが、本書の編者であることが推定されているのは、エーグラオアー(Anton Eglauer, 1752 - 1824)という、主にウィーンで活躍したイエズス会士です。彼が活躍した時代はイエズス会が一時的に解散の憂き目にあっていた時代にもあたっていますが、学識に優れた著作家としても知られたエーグラオアーは、本書以外にも東インド前半を対象とした書簡集(Der Briefe aus Ostindien: 1548-1599. 3 vols. Augsburg, 1794) の編纂や、ザビエル書簡集(Gesammelte Briefe des heiligen Franciscus Xaverius. 3 vols. Augsburg, 1794)の編纂も手がけています。彼の手がけたこれらの書簡集はいずれも、各巻冒頭に口絵を付し、編者による解説文、収録書簡の概要を付した詳細な目次を設けた上で、本文としてドイツ語に翻訳された書簡が収録されるという構成をとっていて、その収録分量が非常に大きいことに加えて、優れた学識を誇る編者による質の高い編纂がなされている点に特徴があります。
日本書簡の第1巻は、1548年から1564年までの書簡を収録して1795年に刊行されています。ただし、上述の通りエーグラオアーはザビエルの書簡集を別途編纂しているため、本書にはザビエル書簡以外の書簡のみが収録されています。第2巻は、1565年から1585年までの書簡を収録して1796年に刊行されています。第3巻は1581年から1585年までの書簡に加えて、天正遣欧使節のヨーロッパ歴訪と帰路に着くためにリスボンに至るまでの様子が詳細に記されていて、1798年に刊行されています。第1巻の口絵には、ザビエルが豊後(Bungo)の王(大友宗麟)とその家臣らの前で、仏僧と宗論を交わす場面が描かれていて、第2巻の口絵では、宗麟が(フランシスコ・カブラル)から洗礼を受けている場面が描かれています。第3巻は1581年から1585年までの書簡を収録し、天正遣欧使節がローマ教皇グレゴリウス13世に謁見する場面を描いた口絵が付されています。
本書は、数多くの日本における宣教活動を詳細に伝える書簡をドイツ語に収録して編纂していることに大きな意義があります。のみならず、各巻冒頭には、当時の日本の歴史的な背景事情の解説、本書編纂にあたってエーグラオアーが依拠した先行書簡集や参考文献の紹介といった、編者による解説記事が掲載されていることも大きな特徴で、特に前者は短いながらも充実した「日本教会史」とも言える内容となっています。また、それぞれの書簡についても目次においてその概要の紹介と、各パラグラフの小見出しが付されていて、当該書簡で論じられている内容を簡単に把握できるようになっています。これらの解説や目次における概要からは、それまでに刊行された書簡集には見られないもので、当時の読者のみならず現代のわたしたちにとっても大変有用なもので、こうしたエーグラオアーの編纂法方法や独自の日本論からは、編者の日本の歴史や書簡内容に対する深い理解と学識が垣間見えます。目次に従って本書に収録されている書簡を中心とした内容をまとめますと下記の通りとなります。
第1巻
* 口絵:豊後の王(大友宗麟)とその家臣らの前で坊主と宗論を行うザビエル
* 序文(pp.III-X)*日本についての初歩的な基礎知識の解説
* 「日本布教史」(pp.XI-XXXVI)
* 目次(pp.XXXVII-LXIV)
収録書簡
1. ごく最近になって発見された日本と呼ばれる島々の風習等について(1548年末)(p.1-)
2. 日本のイエズス会士パウロによる1548年12月29日付、ゴア発書簡(pp.22-)
3. 日本のイエズス会士パウロによる1549年11月5日付、鹿児島発書簡(pp.27-)
4. 豊後国とザビエル(とその従者が受けた歓待)について(1551年)(pp.28-)
5. コスメ・デ・トーレスによるゴアのイエズス会士宛、1551年9月29日付書簡(pp.29-)
6. ファン・フェルナンデスによるザビエル宛、1551年12月20日付、山口発書簡(pp.35-)
7. ガスパル・ヴィレラによる1554年4月24日付、コーチン発書簡(pp.40-)
8. アルカセヴァのペトロ(Fr. Petrus Alcaceva)によるポルトガル宛、1554年ゴア発書簡(pp.41-)
9. エドゥアルド・シルヴァによるゴア宛、1555年9月20日付、豊後発書簡(pp.59-)
10. バルタザール・カーゴによる、1555年9月23日付、平戸発書簡(pp.75-)
11. 平戸国の王による、メルシオール・ヌーネス宛書翰(pp.88-)
12. ルイス・フロイスによるゴアのコレジオ宛、1556年1月7日付、マラッカ発書簡(pp.89-)
13. コスメ・デ・トーレスによるポルトガル宛、1557年9月8日付書簡(pp.97-)
14. ガスパル・ヴィレラによる、1557年10月19日付、平戸発書簡(pp.101-)
15. メルシオール・ヌーネスによるヨーロッパ宛、1558年1月8日付、コーチン発書簡(pp.129-)
16. ガスパル・ヴィレラによるゴア宛、1559年9月1日付、豊後発書簡(pp.146-)
17. ギリエルムス(Guilielmus)によるポルトガル宛、1559年10月4日付、豊後発書簡(pp.149-)
18. ヨハン・フェルナンデスによるメルシオール・ヌーネス宛、1559年10月5日付、豊後発書簡(pp.151-)
19. バルタザール・ガーゴによるゴア宛、1559年11月1日付、豊後発書簡(pp.155-)
20. 日本のイエズス会士ロレントによるインド宛、1560年6月2日付、京発書簡(pp.172-)
21. ゴンサルヴァス・フェルナンデスによる、1560年12月1日付、平戸発書簡(pp.180-)
22. ルイス・フロイスによるヨーロッパ宛、1561年、ゴア発書簡(pp.186-)
23. ルイス・アルメイダによるポルトガル宛、1561年10月1日付、豊後発書簡(pp.187-)
24. ヨハン・フェルナンデスによるゴア宛、1561年10月8日付、豊後発書簡(pp.205-)
25. コスメ・デ・トーレスによるアントニオ・クアドロス宛、1561年10月9日付、豊後発書簡(pp.227-)
26. ガスパル・ヴィレラによる、1562年8月17日付、堺発書簡(pp.239-)
27. アイレス・サンチョスによる、1562年10月11日付、豊後発書簡(pp.257-)
28. ルイス・アルメイダによる、1562年10月23日付書簡(pp.263-)
29. 鹿児島国の王による、ポルトガルのインド総督宛書簡(pp.283-)
30. 鹿児島国の王による、アントニオ・クアドロス宛書簡(pp.284-)
31. ガスパル・ヴィレラによる、1562年、日本発書簡(pp.285-)
32. バルタザール・ガーゴによる、1562年、ゴア発書簡(pp.293-)
33. ガスパル・ヴィレラによる、1563年4月27日付、堺発書簡(pp.309-)
34. ルイス・フロイスによる、インドとヨーロッパ宛、1563年11月14日付、横瀬浦発書簡(pp.314-)
35. ルイス・フロイスによる、インド宛、1563年11月27日付、(横瀬浦)発書簡(pp.325-)
36. ルイス・フロイスによる、インド宛、1564年10月4日付、平戸発書簡(pp.335-)
37. ヨハン・バプティスタ・モンテスによる、ヨハン・ポランクス宛、1564年10月10日付、豊後発書簡(pp.350-)
38. ヨハン・フェルナンデスによる、フランシス・ペレス宛、1564年10月10日付、平戸発書簡(pp.352-)
39. ヨハン・バプティスタ・モンテスによる、ミシェル・トーレス宛、1564年10月11日付、豊後発書簡(pp.358-)
40. ルイス・アルメイダによる、ポルトガル宛、1564年10月14日付、豊後発書簡(pp.361-372)
第2巻
* 口絵:豊後の王(大友宗麟)の受洗
* 「日本布教史」(pp.V-XXXIV)
* 目次(pp.XXXV-LVI)
収録書簡
1. ルイス・フロイスによる、インド宛、1565年2月28日付、京発書簡(p.1-)
2. ルイス・フロイスによる、1565年3月6日付、京発書簡(pp.19-)
3. ルイス・フロイスによる、1565年3月28日付、京発書簡(pp.27-)
4. ルイス・フロイスによる、インドとヨーロッパ宛、1565年8月付、三箇発書簡(pp.37-)
5. ルイス・アルメイダによる、1565年10月26日付、博多発書簡(pp.47-)
6. フランシス・カブラルによる、ヨハネス・バプティスタ・モンテス宛、1571年9月23日付、口之津発書簡(pp.88-)
7. ルイス・フロイスによる、アントニオ・クアドロス宛、1571年9月28日付、京発書簡(pp.97-)
8. ルイス・フロイスによる、アントニオ・クアドロス宛、1572年8月10日付、京発書簡(pp.116-)
9. ルイス・フロイスによる、フランシス・カブラル宛、1573年6月17日付、京発書簡(pp.124-)
10. フランシス・カブラルによる、インド管区長宛、1574年5月31日付、京発書簡(pp.140-)
11. フランシス・カブラルによる、イエズス会総長宛、1575年9月13日付、長崎発書簡(pp.169-)
12. フランシス・カブラルによる、イエズス会総長宛、1576年9月9日付、口之津発書簡(pp.180-)
13. ルイス・フロイスによる、イエズス会総長宛、1577年6月6日付、豊後発書簡(pp.209-)
14. ルイス・フロイスによる、1577年6月6日付、豊後発書簡(pp.251-)
15. ヨハン・フランシスコ・ステファノによる、インド巡察師(ヴァリニャーノ)宛、1577年7月24日付、三箇発書簡(pp.253-)
16. フランシスコ・カブラルによる、イエズス会総長宛、1577年9月1日付、口之津発書簡(pp.257-)
17. オルガンティーノによる、インド巡察師(ヴァリニャーノ)宛、1577年9月21日付、京発書簡(pp.267-)
18. フランシス・カリオンによる、イエズス会総長宛、1579年12月1日付、口之津発書簡(1579年報)(pp.275-)
19. グレゴリウス・セスペデスによる、1579年日本発書簡(pp.340-)
20. ローレント・メシアによる、1580年日本年報(pp.340-379)
第3巻
* 口絵:教皇グレゴリウス13世に謁見する日本の使節団
* 「日本布教史」(pp.V-XXII)
* 目次(pp.XXIII-ILIV*ページ番号が誤ってXXXIVとなっている)
収録書簡
1. ルイス・フロイスによる、1581年5月19日付、日本発書簡(p.1-)
2. ルイス・フロイスによる、1581年5月29日付書簡(pp.4-)
3. ルイス・フロイスによる、日本のイエズス会会友宛、1581年4月14日付、京発書簡(pp.6-)
4. フランシスコ・カブラルによる、イエズス会総長宛、1581年9月15日付、豊後の臼杵発書簡(pp.17-)
5. ガスパル・コエリョによる、1582年2月13日付、長崎発、1581年日本年報(pp.30-)
6. ルイス・フロイスによる、1583年2月13日付、口之津発、1582年日本年報(pp.136-)
7. ルイス・フロイスによる、1584年1月2日付、長崎発、1583年日本年報(pp.215-)
8. ルイス・フロイスによる、1584年9月3日付、長崎発、1584年日本年報(pp.268-)
9. 日本の施設たちの日本からローマまでの、またそこからの帰路についての真性で詳細な記録(天正遣欧使節記)第1部:日本からポルトガルまで(pp.310-)
10. (天正遣欧使節記)第2部:リスボンからローマまで(pp.333-)
11. (天正遣欧使節記)第3部:ローマでの見聞記(pp.355-)
12. (天正遣欧使節記)第4部:ローマからリスボンまでの帰路(pp.378-411)
ザビエルの伝記や書簡集は19世紀に入ってから、ドイツ語圏で再び活発に出版されるようになりますが、本書をはじめとした編者による一連の書簡集は、ドイツ語圏におけるイエズス会による東洋宣教の歴史に対する関心や、日本に対する関心を改めて喚起する契機になったのではないかと思われます。優れた学識を備えた編者によって編纂された本書は、質の高いドイツ語訳書簡集としての価値を有することに加え、19世紀のドイツ語圏における日本観の(再)形成に際して影響を与えた書物としても、重要な日本関係欧文図書と言えるでしょう。
なお、各巻の詳細な書誌情報は下記の通りです。
Vol.1: pp.[I, II(Front.), III(Title.)-V], VI-LXIV, [1], 2-372, 1 leaf(errata).
Vol.2: pp.[I, II(Front.), III(Title.)-V], VI-LVI, [1], 2-253, 542[i.e.254], 255-379, 1 leaf(errata).
Vol.3: pp.[I, II(Front.(, III(Title.)-V], VI-X, [XI], XII-XXXIX, XXXVIII[i.e.XL], XXXVII[i.e.XLI], XLII, XLII, XXXIV[i.e.XLIII], [1], 2-332, 533[i.e.333], 334-400, LACKING pp.401-408(Cc1-Cc4), pp.409-411.
「1795~98年にドイツのアウグスブルクで刊行された、イエズス会士の日本からの書簡(1548~1585年)をまとめたドイツ語版の書簡集(全3巻)。本書はそれぞれの書簡が年代順に収録された3巻本で、各巻とも前半はローマ数字、後半はアラビア数字のページ番号が付されている。ローマ数字部分には、序文(第1巻のみ)、各巻の書簡の要旨と短い抜粋が載せられ、アラビア数字部分は、詳しい内容が載せられている。
第1巻は、1548~1564年の書簡(39通)をまとめたもので、扉絵には、豊後王(大友宗麟)の前で、聖フランシスコ・ザビエルと仏僧との宗論の様子が収められている。
第2巻は、1565~1580年の書簡(20通)をまとめたもので、絵には、豊後王(大友宗麟)の洗礼の場面が掲載されている。
第3巻は、1581~1585年の書簡(12通)をまとめたもので、扉絵にはローマ法王グレゴリオ13世に謁見する日本の少年使節団(天正遣欧使節)の様子が描かれている。」
(文化遺産オンライン 「イエズス会士日本書簡集(ドイツ語版) いえずすかいしにほんしょかんしゅう(大分市歴史資料館)」より)