この英文ガイドブックは、ジャパン・ツーリスト・ビューローが国際観光局や鉄道省と協力して1925年から1939年にかけて随時改訂を施しながら出版し続けたガイドブックのうち、1926年版として刊行されたものです。欧米観光客向けに日本の観光情報をコンパクトにまとめたガイドブックで、杉浦非水による魅力的な表紙や数多くの写真も交えて、書物それ自身としても魅力的になるよう工夫された作品です。
本書刊行以前にビューローや鉄道省は、さまざまな「JAPAN」と題した英文ガイドブックやブックレットを刊行していますが、本書と同じ『日本のポケットガイド』の表題では、1920年代半ばから1930年代末にかけて少なくとも合計6種類もの版が存在しています。これらの変遷をCiNii上の書誌情報からまとめてみますと下記のようになります。
①1925年
発行主体:鉄道省 / ビューロー / 日本ホテル協会
Japanese Government Railways / Japan Tourist Bureau / Japan Hotel Association.
Pocket guide to Japan, 1925.
[Tokyo]
pp.i-iv, 1-132, Plates:[8].
*富士を背景とした松原のイラスト表紙
②1926年(本書)
発行主体:鉄道省 / ビューロー / 日本ホテル協会
Japanese Government Railways / Japan Tourist Bureau / Japan Hotel Association.
Pocket guide to Japn.
Tokyo, 1926.
pp.i-vi, 1-86, (some folded)Illustrations & maps.
*桜の咲き誇る里山の風景のイラスト表紙、和綴本を模した紐綴じ。
③1929年
発行主体:鉄道省
Japanese Government Railways.
Pocket guide to Japan.
Tokyo, 1929.
pp.84.
*①とほぼ同じ富士を背景とした松原のイラスト表紙
④1935年
発行主体:国際観光局 / 鉄道省
Board of Tourist Industry / Japanese Government Railways.
Pocket guide to Japan: with special reference to Japanese customs, history, industry, education, art, accomplishments, amusements, etc., etc.
Tokyo, 1935.
pp.i-xv, 1-182, (some folded)Plates: [69].
*濃紺の背景に扇のイラスト表紙
⑤1939年
発行主体:国際観光局 / 鉄道省
Board of Tourist Industry / Japanese Government Railways.
Pocket guide to Japan: with special reference to Japanese custom, history, industry, education, art, accomplishments, amusements, etc.
Tokyo, 1936.
pp.i-vii, 1- 138, (some folded)Plates:[23].
*紅葉と水鳥のイラスト表紙
⑥刊行年表記なし
発行主体:ビューロー
Japan Tourist Bureau.
Pocket guide to Japan.
pp.i-xi, 1-153, (some folded)Plates:[46].
*上記のうち、①(1925年)③(1929年)④(1935年)⑤(1939年)については、荒山正彦『近代日本の旅行案内書図録』創元社、2018年、84-85頁を参照)
上記のように少なくとも6種類が存在する『日本のポケットガイド』ですが、発行主体が刊行年によって変化しており、当初はビューローと日本ホテル協会、鉄道省の3機関が合同で発行していたものが、国際観光局の設立が決定した1929年以降は、同局(と鉄道省)が発行主体となっています。大きさは基本的に長編19センチで変わりはありませんが、その構成はかなり変更されているようで、また製本方法についても②(1926年版)は和綴本を模した紐綴じとしたり、また表紙をちりめん紙としたりと、様々な工夫と改良がみられます。
本書は1926年版として刊行されたもので、表題に明記されている様に多数の図版と地図を収録しています。また、監修者としてデ・ガリス(Frederic de Garis)の名が明記されていますが、デ・ガリスは多くの英文日本ガイドを手がけており、戦後も戦前に刊行した出版物の改訂版を手がけていることでも知られています。巻末には鉄道料金表と日本地図が折り込み図として収録(本文とは別の独立した1枚の用紙の裏表両面に複数の地図や図版を掲載しているため、用紙数と図版点数は異なる)されていて、充実した内容の本文や図版と併せて、ガイドブックとしての利便性を高めています。また、装丁も北斎の富嶽三十六景から採った表紙意匠に和装本を模した紐綴じとするなどこだわりが感じられるものです。
なお、本書はフランス語をはじめとして各国語が存在していることもわかっていますので、それらの書誌情報の調査についても今後改めて行う必要があります。