書籍目録

『日本帝国鉄道ガイド』

鉄道作業局

『日本帝国鉄道ガイド』

初版 1906年 東京刊

鉄道作業局 (Imperial Government Railways)

GUIDE TO THE IMPERIAL GOVERNMENT RAILWAYS OF JAPAN.

東京市, 株式会社東京築地活版製造所, 明治三十九年五月二日印刷 明治三十九年五月三日発行 (1906). <AB2017114>

Sold

First edition.

15.3 cm x 22.3 cm, pp.[1 (Title)], 2- 56. not paginated plates: [8], Original pictorial paper wrappers bound in Japanese style.

Information

帝国鉄道庁設置(1907年)直前の鉄道作業局による最初期の英文ガイドブック

 1906年の鉄道国有法が成立し、翌1907年には帝国鉄道庁が設置され、日本の鉄道政策の歴史は一つの大きな転換期を迎えていきますが、このガイドブックはまさにこの時期に英文で刊行された極めて重要な資料と言えるものです。

 明治以降に鉄道敷設が急速に進んだことに伴い、国の所管官庁は目まぐるしく変遷していきましたが、全国の私鉄を大規模に買収し国営とする鉄道国有法が1906年に成立したことで、国家機関としての鉄道部門は急速に拡大していきます。それまでの鉄道現業部門を統括していた鉄道作業局は、1907年に改組され帝国鉄道庁となり、1908年には内閣鉄道院(初代総裁は後藤新平)、1920年には原内閣の強力な推進によって鉄道省へと昇格します。

 こうした鉄道官庁の変遷、拡大は、もちろん鉄道設備の充実と発展を主眼に置くものでしたが、それと同時に鉄道の発展に不可欠な旅客の増大を図る一環として、様々な旅行ガイドブックの刊行を行い、鉄道官庁は国の観光政策の重要部門としても機能していくようになっていきます。こうした刊行物は様々な種類があり、鉄道沿線の名所や見どころ、旅行プランを紹介したものなど、国内旅行者を鉄道へと誘うための様々なガイドブックが作成されています。また、日本語刊行物だけでなく、英文を主として様々な外国語刊行物も作成しており、来日した旅行者を対象とした観光政策も意識した試みが実に多彩に行われていました。

 本書は、こうした鉄道官庁によって刊行されたガイドブックの中でも、極めて初期にあたる英文のガイドブックです。上述のように、1906年の鉄道国有化によって、日本の鉄道政策は大きな転換期を迎えますが、ちょうどこの転換期に英文ガイドブックが作成されていたことは、おそらくほとんど知られていません。

 表紙は富士を背景とした湖上の風景を中心に菊花が配されており、金の箔押しでタイトルと桜などが美しくデザインされています。伝統的な和綴じ本を模して、上下2束の紫糸で綴じられており、書物としての出来栄えを非常に意識していたことが伺えます。また、印刷は、幕末明治における日本最初の活版印刷技術者として名高い本木昌造の弟子として著名な野村宗十郎が率いる東京築地活版製造所が担当しており、活字、写真印刷という点においても、高度な品質を求めたことが見て取れます。

 ガイドブック本文は、各路線ごとに見所を案内する内容となっており、各地の写真を極めて豊富に用いていることに特徴があります。紹介されている路線は、東海道線、中央線、北陸線、奥羽線、鹿児島線、陰陽線、信越線、西成線、北海道線の各線で、路線概況とともに、それぞれの路線にある観光名所や都市を多数の写真を併せて紹介しています。写真を多用しながら路線を案内するという英文ガイドブックのスタイルは、後年1915年のサンフランシスコ万博前後から急速に出版点数を増やしていく鉄道院、鉄道省の英文ガイドブックに踏襲されており、このガイドブックでなされた試みの多くが、後年の英文ガイドブックの原点となっていたことが見て取れます。

 この非常に凝った作りの英文ガイドブックがどれほどの部数を印刷し、またどのように配布したのかは定かではありませんが、本書見返し部分には「ミカドホテル」の押印があることが確認できることから、一つのヒントが見出せます。ミカドホテルは、1897年に神戸で開業した洋風スタイルのホテルで、神戸を訪れた多くの外国人によって愛好されていたホテルで、ちょうどこのガイドブックが刊行された1906年に新館を建設しています。このガイドブックにミカドホテルの押印があるということは、ミカドホテルを介して当時の利用者の手に渡ったということでしょうから、このガイドブックはこうした外国人向けホテルや施設、外国人旅行者の斡旋と援助を行っていた喜賓会のような機関に配布されたのではないかと推察されます。
 
鉄道官庁によるガイドブックをはじめとした刊行物は、1930年代にかけて急増していきますが、その最初期にあたる時期の原点とも言うべき極めて重要な研究資料と言えそうです。

タイトルページ
冒頭にある1ページ大の皇居写真。ページのある本文とは別にこうした写真が8枚収録されている。
本文冒頭部分。
主要幹線である東海道線の紹介冒頭部分。
現在ではすでに失われた東京の名所も含めて豊富な写真とともに観光名所を紹介している。
名古屋城。
清水寺など多くの観光名所を擁する京都。
神戸港や湊川神社といった外国人に馴染みにある神戸周辺も情報が充実している。
北陸線の金沢兼六園。
奥羽線の山形宝珠山(立石寺)
鹿児島線
山陰最初の鉄道線である境線を主とする陰陽線
信越線の長野浅間山
西成線(現在のJR西日本桜島線)
北海道線
沿線主要各地の気候情報も掲載されている。
旅客等級や運賃、所要時間、停車駅といった基本情報も網羅している。
鉄道作業局は、本書刊行の翌年に鉄道国有化を受けて帝国鉄道庁へと改組される。野村宗十郎は、明治の活版印刷技術の中心にあった人物で東京築地活版製造所の社長を務めた。
見返し部分に押された神戸の洋風ホテル「ミカドホテル」の印。