この資料は、1879年1月にパリのオペラ座で公演されたバレエ舞台『イェッダ』の舞台場面を撮影した彩色ステレオ写真6枚からなるもので、販売当時のものと思われる紙箱も残っているという大変貴重なものです。「日本もののなかで、『イェッダ』は本格的な悲劇的バレエとして評価を得た」（馬渕明子『舞台の上のジャポニスム：演じられた幻想の〈日本女性〉』NHK出版、2017年、77頁）とされるジャポニスムの強い影響を受けて制作されたバレエ舞台です。1878年に開催されたパリ万博は、本格的なジャポニスムブームを巻き起こすことになったことで知られており、『イェッダ』はその流れに乗って制作された作品とも言えます。

「物語から察するに、このバレエは、19世紀前半のロマンチック・バレエにありふれていた、精霊の登場する一連のバレエの流れを汲むものとみなすことができる。（中略）19世紀後半にあっては、このような内容のバレエは、どちらかといえば時代遅れの感が否めなかったが、その舞台を日本にしたことで、バレエに新鮮味がもたらされたことは明らかである。そもそも19世紀のバレエは、非日常的な世界や遠く離れた異国を舞台にすることが好まれた。たまたジャポニスムの波が押し寄せていたこともあって、東洋のはてのヴェールを被った国日本がバレエの舞台に選ばれたことも不思議ではない。」

「メトゥラは、通俗音楽の作曲家らしく、わかりやすくしかも踊りやすい音楽をバレエに付けた。特に「精霊のワルツ」と「終幕の踊り」が人気を呼んだ。《イェッダ》の音楽は一時流行し、バレエを離れて舞踏会場でもよく演奏されたという。」
（岩田隆『ロマン派音楽の多彩な世界』星雲社、2005年、204-206頁より）

　このステレオ写真集は、このようにジャポニスムを背景に好評を博したバレエ舞台の特徴的な下記6場面を撮影したものです。

1. YEDDA. LES FIANCAILLES.
2. YEDDA. LE PAS DES CORBEILLES.
3. YEDDA. LA REINE SAKOURADA.
4. YEDDA. LA BRANCHE ENCHANTÈE.
5. YEDDA. FETE AU PALAIS DU MIKADO.
6. YEDDA. LA DERNIÈERE FEUILLE.

　ステレオ写真もまた19世紀に流行したもので、微妙に異なる角度で撮影された同じ場面の写真を左右に並べ、専用のレンズやメガネのような機器を用いることで、立体的にその風景を見ることができるというものです。この作品では丁寧に彩色された透過式の写真となっていて、光に当てることで鮮やかに『イェッダ』の舞台を眼前に見ることができるようになっています。舞台『イェッダ』については、衣装デザインやスケッチ、当時の雑誌記事などから、舞台の様子を垣間見ることができることが知られていますが（馬淵前掲書80頁〜参照）、このステレオ写真は、これらに加えて、新たな視覚資料として大変貴重であるばかりでなく、舞台『イェッダ』が、音楽やこのようなステレオ写真が生み出されるほど好評を博し、ジャポニスムの雰囲気を高めていったことを伝える資料としても大変興味深いものと思われます。