書籍目録

『ジャワ誌:オランダと蘭領インドにとって知る価値のある主題に関する翻訳と原著の精査と評価ならびに考察』

ラッフルズ / スチュルレル

『ジャワ誌:オランダと蘭領インドにとって知る価値のある主題に関する翻訳と原著の精査と評価ならびに考察』

オランダ語訳版  1836年 ハーグ / アムステルダム刊

Raffles, Thomas Stamford / Sturler, J(acques). E(douard). De (tr.)

GESCHIEDENIS VAN JAVA, VAN THOMAS STAMFORD RAFFLES: VERTAALD, WAT BETREFT DE ONDERWERPEN, WELKE VOOR NEDERLAND EN INDIË WETENSWAARDIG ZIJN, EN VOORZIEN VAN AANTEEKENINGEN, TOT VERVETRING, BEOORDEELING EN VERVOLG VAN HET OORSPRONKELIJKE WERK,…

Hague / Amsterdam, Gebroeders van Cleef, 1836. <AB202167>

Sold

Edition in Dutch.

8vo (14.0 cm x 22.8 cm), pp.[I(Half Title.)-III(Title.)-V], VI-LIV, [1], 2-244, 1 leaf, 1 folded chart, Half leather on marble boards.
旧蔵者による蔵書票等あり。

Information

ラッフルズの名著をオランダの商業的視点から記事を選別して注釈を付して翻訳し「日本貿易」論も収録した独自の意味を有するオランダ語訳版

 本書はシンガポールの創設者として歴史に名を残すラッフルズ(Thomas Stanford Raffles, 1781 - 1826)がジャワ副知事時代のフィールドワークと研究の成果を発表した大著『ジャワ誌』(History of Java. 2 vols 1817(1st ed.) / 1830(2nd rev. Ed.)をオランダ語に翻訳して1836年に刊行したものです。ラッフルズの『ジャワ誌』は、マレー人の歴史や文化、当地の動植物など多岐にわたる学術研究成果の集大成として高く評価されている名著ですが、オランダ語訳版である本書は、その中から特に貿易や産出品などの経済的側面だけに注目して翻訳している点に大きな特徴があります。

 訳者スチュレルの詳しい経歴は不明ですが、長文のタイトルが示すように、本書は『ジャワ誌』を単にオランダ語に翻訳したものではなく、「オランダと蘭領インドにとって知る価値のある主題」、すなわち貿易に関する主題に特化して翻訳し、またその内容についてスチュレル自身が考証を加えて小論を付記したものです。当時のオランダは、蘭領インドの経営再建に自国の活路を見出そうとしていた時期であり、ラッフルズの『ジャワ誌』はこうした観点から非常に重要かつ有益な書物として解釈されており、本書が、その情報を広くオランダ語圏読者に提供するために刊行されていることが分かります。

 こうした特殊な観点から翻訳されたオランダ語訳版がより興味深いのは、ラッフルズが原著の補遺に掲載した「日本貿易(Japan Trade)」と題する論文を翻訳して掲載していることです。この論文はジャワを拠点にしてイギリスが日本との交易再開を行うための現状分析と提言を行なった極めて刺激的な内容を持つもので、実際にラッフルズは1813年に元オランダ長崎商館長のワルデナール(Willem Wardenaar, 1765-1816)をオランダ船を装って出島に派遣し、時の商館長ドゥーフ(Hendrik Doeff, 1777-1835)に出島商館をイギリスの支配下に置くことを要求しています。この試みはドゥーフの機転により失敗に終わりましたが、ラッフルズの日本との交易再開構想は極めて具体的なものであったことが伺えます。訳者スチュレルは、ラッフルズ『ジャワ誌』に収録されている「日本貿易」論に着目し、これを逆にオランダの交易促進のために用いるためにオランダ語に訳して本書に収録したものと思われます。

 ラッフルズは日本との貿易を考えるに際して、日蘭貿易の歴史的推移を非常に細かく分析しており、日蘭貿易におけるオランダの立場が脆弱なもので、利益も次第に低下していることを様々な事例や貿易数字を挙げながら論証し、かつ冷静にその原因を分析しています。それと同時に、イギリス本国における日本貿易によるメリットに対する懐疑的な見解に対しても反駁を試みていて、そのような見解が依拠している日本貿易の分析の根拠のなさを具体的に指摘しています。イギリスの東アジアへの輸出産品は中国を介して日本へと流通しており、イギリスとの貿易需要が日本に潜在的にあることを指摘するなど、具体的な数字に依拠しつつも、現地での豊富な実務経験に裏付けられた独自の分析と提言がなされています。こうしたラッフルズによる日本貿易の分析と提言は、ラッフルズの構想が一時的なものではなく、広範な歴史的、経済的な分析とマレー海峡で会得したアジア海域での貿易実態への実践的な知見に基づいた、非常に本格的なものであったことがわかります。このような具体的な提言を備えたラッフルズの「日本貿易」論が、『ジャワ誌』の数多ある記事の中から特別に選び出されて、オランダ語訳されていたことは、あらためて注目すべきことと言えるでしょう。