書籍目録

『カードゲームの起源、ならびにリネン紙製造法についての試論』第1巻(全2巻中)

ブライトコプフ / (ツンベルク)

『カードゲームの起源、ならびにリネン紙製造法についての試論』第1巻(全2巻中)

1784年 ライプチヒ刊

Breitkopf, Joh(ann). Gottl(ob). Imman(uel). / (Thunberg, Carl Peter)

Versuch, den Ursprung der Spielkarten, die Einführung des Leinenpapieres, und den Anfang der Holzschneiderkunst in Europa zu erforschen. Erster Theil, welche die Spielkarten und das Leinenpapier enthält. Mit dierzehn Kupfertafeln.

Leipzig, Joh. Gottl. Imman, Breitkopf, 1784. <AB2020348>

Sold

vol.1 only of 2 vols.

4to (22.0 cm x 26.0 cm), Title., 1 leaf, pp.[1-3], 4-136, (some folded)plates: [12(complete)], Original publishers paper wrappers.
製本前の簡易製本の状態で、図版はすべて未製本のまま巻末に挿入されている。図版完備。

Information

今に続く楽譜出版の名門ブライトコプフ社の礎を築いた著者が、日本の製紙法について、ツンベルクから入手した『日本山海名物図絵』から転載した図版とともに紹介

 本書は、楽譜出版の名門として名高いブライトコプフ社の創業者の息子として、活版印刷による楽譜印刷の技術発展を大いに促進させたことで知られる著者による書物です。印刷史と印刷技術に関連する諸技術にも強い関心を有していた著者が、その研究の一環として著したもので、非常に興味深いことに、日本の製紙法についても、日本の書物から転載された見開き大の図版とともに紹介されていて、しかもその情報源が出島の三大日本学者として名高いツンベルクであったことが明記されています。

 本書の著者、ブライトコプフ(Johann Gottlob Immanuel Breitkopf, 1719 - 1794)は、その名からも推察されるように現在も楽譜出版社として高いブライトコプフ社(Breitkopf & Härtel)の創業者であるベルンハルト・ブライトコプフ(Bernhard Christoph Breitkopf, 1695 - 1777)の息子で、楽譜印刷技術に大きな進歩をもたらした人物として知られています。ブライトコプフは活版印刷による楽譜印刷技術を高めるための研究の一環として、印刷史研究や、印刷に関連する技術の歴史についても強い関心を示し、その研究成果の一端が本書に結実しています。

 本書は、ブライトコプフによる印刷史研究に関する3本の論考を収録した全2巻からなる著作の第1巻にあたるものです。タイトルが示すように、1本目の論考は、カードゲームの起源についての考察で、2本目の論考はリネン紙の製造法の歴史についての考察です。これらの論考は、一見すると互いに脈絡のない主題のようにも思われますが、ブライトコプフによる一貫した問題意識に深く関係しているものです。ブライトコプフが序文で述べているところによると、印刷技術というものは、それ自身単独の技術のみによって成立しているのではなく、関連する様々な諸技術、しかも印刷技術以前から発展していた諸技術を複合させて成り立っているものであるから、そうした関連技術の歴史的展開についての理解なしには、印刷史の包括的な理解は成し得ないと言います。こうした観点から、その製造法や発展の仕方が印刷史と密接に関連している古今東西のカードゲームの起源と歴史的発展を理解することは、印刷史の総合的理解に資する点が大きいとされているのです。また、製紙法、特にドイツとその周辺諸国における製紙技術の導入と発展の歴史を理解することなしに、印刷の歴史を理解することはできないことから、古今東西の製紙法の発展史を調査することは意義があることが述べられています。こうした視点は、活版印刷による楽譜印刷に革命的な進歩をもたらしたと言われているブライトコプフならではの非常にユニークなもので、彼独自の一貫した問題意識によって本書が貫かれていることがよくわかります。

 ブライトコプフの論考は、その主たる関心はもちろんドイツ語圏における印刷史におかれているものの、それに関連すると思われる古今東西の技術史をできるかぎり網羅的に理解しようとしている点に大きな特徴があります。古代ギリシャ、ローマ、エジプト、アフリカにとどまらず、中国や日本についての関心も高かったようで、例えばカードゲームの起源を考察した第1章では、西洋各地で発展した様々なカードゲームの歴史を図版とともに紹介しているだけでなく、中国におけるカードゲーム(紙牌)や像棋などを図版とともに紹介しています。こうした東洋諸国における技術史についても、できる限り理解しようとする姿勢は、ブライトコプフの技術研究に対する飽くなき探究心を示すとともに、そうした資料を入手できるだけの幅広い知的ネットワークの広がりが彼の周囲にあったことを示すものといえます。

 本書が日本との関係で非常に興味深いのは、製紙法の歴史を扱った第2章において、日本の製紙法について言及されていることに加え、日本の書物からとったと思われる図がそのまま見開き大の図版として収録されていることです。ブライトコプフは中国や日本における製紙法については、これまであまり知られていないことを述べつつ、日本の製紙法を描いた日本の書物を入手できたのでその図を掲出することを述べています。非常に興味深いのはブライトコプフがその書物を入手した経路で、1775年から1776年にかけて、オランダ商館付き医師として来日したスウェーデン人医師ツンベルク(Carl Peter Thunberg, 1743- 1828)から入手したことが記されています。ブライトコプフは帰国後まもないツンベルクとウプサラで会ったことを記しており、その際に彼が日本から持ち帰った日本の書物を見せてもらい、その中に本書に掲出された図版が収録されている書物を見つけたと述べています。本書日本関係記事と図版の情報源としてツンベルクの名が登場していることは非常に興味深いことと言えます。

 ブライトコプフがツンベルクから見せてもらい、本書にそのまま図版を転載した書物というのは、図版から見るかぎり、平瀬徹斎(文)と長谷川光信(画)によって1754年に出版した『日本山海名物図絵』の第3巻のようです。この書物は、西日本を中心とした日本各地の名物を図入で紹介した全5巻からなる書物で、当時からよく読まれただけでなく、現在でも当時の農産産業や技術研究上の重要資料として高く評価されている書物です。何度か再版もされていますので、ツンベルクが日本滞在時にこの書物を入手することはそれほど難しくなかったと思われます。ツンベルクの持ち帰った日本の書物がどれほどの規模のものであったのかは、店主にはわかっていませんが、この書物のみだったいうことは考えられないでしょうから、おそらくは多くの日本の書物の中から『日本山海名物図絵』を見出して、自身の問題意識に関係する資料として認識したブライトコプフの洞察力はさすがと言うほかありません。しかも、図版の転載にあたって文字情報も含めて『日本山海名物図絵』の当該箇所をほぼそのまま翻刻していることは注目すべきことです。もちろん本書以前にも『訓蒙図彙』などの図版を転載して収録したケンペル『日本誌』などの前例などはありますが、日本の書物の誌面そのものをそのまま翻刻して転載するという大胆な紹介の仕方をとったヨーロッパの書物としては、最初期の事例に数えられるものではないかと思われます。この点も、優れた印刷技術を有し、その発展のための努力を惜しまなかったブライトコプフならではの手法ということができるでしょう。

 本書は、全体のテーマとしてはブライトコプフによる印刷と関連技術の発展の歴史というべきものですが、その中で、日本の製紙法について、日本の書物から転載した図版とともに紹介されていて、しかもその情報源がツンベルクであったと言うことは、非常に興味深く、異色の日本関係欧文図書として注目すべき一冊ではないかと思われます。